FinTechからデジタル・トランスフォーメーションへ

編集者の目2018年7月26日

野村資本市場研究所 執行役員 関 雄太

最近、米国の金融業界において、FinTechや関連スタートアップに関する話題が減ってきたように見受けられる。その背景として、第1にFinTechを掲げる新興企業が相当の成長を実現しつつも既存の大手機関を破壊するほどの脅威にはなっていないこと、第2に既存金融機関が出資・提携を通じてスタートアップ企業を囲い込んでいることなどが指摘できよう。実際に、銀行融資業務を破壊する可能性のあるマーケットプレイス・レンディング業界の旗手と目されてきたレンディングクラブの株価は、2014年12月のIPO時の水準を大きく下回り、現在も低迷を続けている。

一方、大手金融機関によるAI・ビッグデータ関連の提携・出資など、金融サービスにおけるテクノロジー活用全般に関わる話題は、最近ますます増えている。おそらく、米国金融機関はFinTechではなく、「デジタル戦略」あるいは「デジタル・トランスフォーメーション」を強く意識して、取り組みを強化していると言ってよいだろう。別の言葉で言えば、大手金融機関が意識するのはスタートアップではなく、大量の消費行動データを蓄積し社会的な影響力を強めているアルファベット(グーグル)やアマゾン・ドット・コムなどITプラットフォーマー(BigTechとも呼ばれる)と考えられる。

デジタル・トランスフォーメーションを目指した金融機関の対応で注目されるものとして、例えば下記の2つが挙げられる。

第1に、エンド・トゥ・エンド(End-to-end)のデジタル化、すなわち一貫・徹底したペーパーレス化とキャッシュレス化の推進である。金融以外の業界も含め、あらゆるプレイヤーが顧客体験(Customer Experience)の向上を競う中、単にスマートフォンで金融取引を可能とするだけでは優位には立てない。そこで、顧客にとって不便なプロセス(Pain Points)となり得る申込書・報告書などの書類を電子化し、できれば紙幣・コインも使わずに送金・取引を完結できるようにしたい、また顧客がいつでもどこでも資産や支出の状況をチェックできるようにしたい、との動きが出てくる。例えば、ウェルズ・ファーゴが「ペイメント、バーチャル・ソリューション及びイノベーション」本部を組織し、キャッシュレス支払手段や中小企業の会計業務を支援するAPI(アプリケーション・プログラム・インターフェース)などの開発・活用に力を入れているのも、上記の文脈で理解することができよう。

第2に、データの重視と活用である。従来はイノベーションを阻害するとされていた本業の顧客基盤やインフラから獲得されるデータを、むしろ武器に変えようという発想と言える。例えば、JPモルガン・チェース(JPM)は、2015年にデータサイエンティストのみで研究員を構成するシンクタンク「JPモルガン・チェース研究所」を設立した。同研究所は、JPMが保持する取引や顧客行動の記録を活用して、地域別にみたハリケーン被害の経済効果や医療保険制度変更の消費者への影響といった公共性の強い政策提言を実施しているが、取引・顧客行動の集計・分析を金融機関経営の多様な場面で活用するためのR&D活動を担っているとも言える。また、キャッシュレス支払手段の開発なども、従来であれば顧客がATMから紙幣を引き出した後は見えなくなっていた金融行動の全体を、銀行がデータとして把握するための努力のひとつと解釈することも可能であろう。

金融危機後に進められた規制改革の結果、貸出や仲介など伝統的な金融業務の収益性はかなり低下したと言われてきた。米国の大手金融機関が、デジタル・トランスフォーメーションによって自らの本業を革新し、収益性・成長性を取り戻せるのか、今後の動向が注目されよう。

[参考文献]

  • ・証券業界とフィンテックに関する研究会「フィンテック時代の証券業」日本証券業協会・日本証券経済研究所(2018年6月)【筆者は同研究会座長代理として報告書作成に携わった】
  • ・淵田康之「銀行対FinTech-競争の構図」『野村資本市場クォータリー』(2017年夏号)
  • ・淵田康之「台頭する金融系プラットフォーム・ビジネス」『野村資本市場クォータリー』(2018年冬号)

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