金融緩和長期化に向け政策調整を行った日本銀行

編集者の目2018年8月6日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津政信

日本銀行は7月30~31日に開いた金融政策決定会合で、物価見通しを下方修正し、緩和政策の長期化に向けいくつかの政策調整を行った。まず消費者物価見通し(政策委員の中央値)を、消費税率引上げの影響を除いたベースで、18年度を1.1%、19年度を1.5%、20年度を1.6%とし、20年度でも物価目標2%の達成は難しいとした。それは19年10月に予定される消費再増税、20年にはやってくるだろう米国経済の減速ないし軽い景気後退を視野に入れると、下方修正後の物価見通しでも達成は容易ではなく、やむを得ない判断であろう。したがって、緩和政策の長期化は避けられず、市場機能の低下などの副作用に一定の配慮を行わないと、緩和政策そのものが続けられないことになる。

さて、その政策調整の中身だが、(1)政策金利にフォワードガイダンスを導入した。この先の経済・物価の不確実性を踏まえると、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することが想定されると表明した。ここで当分の間とは、欧州中央銀行が使っている「for an extended period of time」と同じで、欧州中央銀行は13カ月以上を指すとしているが、日本銀行の場合は19年10月の消費再増税の影響を見極めると言っているので、1年半以上、2年程度ということだろう。(2)長短金利操作について、-0.1%のマイナス金利を適用する政策金利残高を10兆円から5兆円程度に半減させるとした。これは金融機関収益への配慮ということになる。そして、10年物国債金利をゼロ%に誘導するとしつつ、従来の+0.1%程度ではなく、+0.2%程度の上昇を容認するとした。これは金融機関収益への配慮であると同時に、変動幅の拡大を認めることで市場機能の改善を図るということになる。(3)資産買入れ方針について、ETFの買入れを約6兆円維持としつつ、市場の状況に応じ弾力的な買入れを行い、かつTOPIX連動型を増やすとした。これは、将来の減額への布石であり、かつ一部の銘柄の浮動株減少への配慮ということであろう。

それでは、金融市場の受け止めはどうか。まず、債券市場は政策変更が伝わった7月31日の後場において10年物国債金利が低下で反応したが、翌8月1日からは変動幅拡大をどこまで日本銀行が許容するか試す形で金利上昇となっている。そして8月2日には一時10年物国債金利は0.145%まで上昇、景気・物価、海外金利動向を見ながら、いずれ0.2%程度まで上昇するものとみられる。株式市場はETF6兆円維持の結果に安堵し8月1日は上昇したが、その後は米中貿易摩擦への警戒感からやや神経質な動きが続いている。為替市場は日本の10年物国債金利の上昇を受け米10年物国債金利もほぼ同幅上昇、日米10年金利差が変わらない中、ほぼ横ばい(1ドル=111円台)で推移している。日本銀行は10年物国債金利の変動幅拡大容認が事実上の利上げと解釈され円高に進むことを懸念し、フォワードガイダンスを導入し、あくまで緩和政策の長期化に備えた政策調整だと市場に説明しているが、今のところ金融市場は日本銀行の政策意図を正しく理解しているように見える。

問題は2%の物価目標の長期的な扱いだろう。リーマンショック後の新常態、いわゆるニューノーマルの下においては、失業率と賃金の関係が変わり、フィリップス曲線が平坦化、賃金が十分に上がらない傾向が定着しているように見える。また、人口減少により空き家が増えていく中、果たして住宅価格が持続的に上がって行くのか、また、高齢化が進む中、医療費の抑制傾向が続くのではないか。さらに、アマゾン・ドット・コムの台頭に見られる電子商取引(EC)の拡大は新たな物価抑制要因になっていくのではないかなど、2%の物価目標を掲げ続けることの合理性が問われてくるように思われる。

実際、ユーロ圏も日本同様2%の物価目標の達成にメドが立っていない。米国はなんとか2%の物価目標の達成にメドがついてきているが、FRB(米連邦準備制度理事会)の想定以上に時間がかかったことは否めない。もちろん、日本だけ2%の物価目標を掲げないと円高を招きかねず、G7財務相・中央銀行総裁会議の下に検討チームを設置するなど先進国全体で扱うべきテーマだと思うが、2%の物価目標を±0.5%程度は容認するなど弾力化するのも1案かもしれない。いずれにせよ、これは、今すぐではないとしても物価動向を学術的にも検証し、長期的に議論すべきテーマだろう。

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