グローバル金融危機から10年:金融規制改革の課題

編集者の目2018年9月27日

野村資本市場研究所 執行役員 関 雄太

リーマン・ブラザーズが破綻申請した2008年9月から10年が過ぎた。当時の政策対応への評価や新たな危機の可能性に関する論考が盛んに行われているが、とりわけ、金融危機の再発防止を目指して進められたグローバル金融規制改革の評価は、重要な論点となっている。

歴史的な金融危機の反省を踏まえ、各国当局の強いコミットメントの下で策定された金融規制は、確かに包括的ではあるものの、決して体系的とは言えないものとなっている。大量の改革項目をあえて単純化すれば、「金融機関」に対する規制改革と「金融取引・金融市場」に対する規制改革に大別できよう。

まず、システム上重要な大規模金融機関(SIFI)に対する規制改革は、バーゼル銀行監督委員会が策定する自己資本規制に流動性規制、レバレッジ規制が組み合わされる形で設計され、各項目とも概ね実施段階に入っている。自己資本規制の強化については、まず「分子=資本の量・質」に関する改革が進められ、次に「分母=リスク資産」の算出に際して、信用リスクのみならず、市場リスクとオペレーショナルリスクを追加的に考慮することを求めるとともに、金融機関が恣意性の高い手法でリスク資産を算出してしまう余地を減らすため、やや極端とも言えるほど詳細なルールが定められた。分母改革の完全施行には、なお数年を要するが、SIFIの資本の厚みが増したことは世界の監督当局、市場関係者に一定の安心感を与えていると言ってよいだろう。一方で、複合的な規制体系が作られたことによって、金融機関にとってはリスク管理・開示に係るコストの負担が増している他、レバレッジ規制の強化は、時にビジネスモデル自体の変更を金融機関に迫るほどのインパクトをもたらしていると言われる。

金融取引・金融市場に対する規制改革も進められた。代表的な分野としては、マネーマーケットファンド(MMF)、店頭デリバティブ、証券化商品に係る規制改革が挙げられる。いずれも、金融機関の過剰なレバレッジや不透明なオフバランス取引拡大の温床となったり、危機のグローバルな連鎖及び伝播を引き起こした流動性ミスマッチや資産投げ売りの起点あるいは震源地となった市場である。こうした市場におけるシステミック・リスク抑制のため、例えば、店頭デリバティブ市場改革では、標準化されたデリバティブ取引について中央清算機関(CCP)による清算集中義務を課す一方、中央清算されないデリバティブ取引には証拠金規制を適用することとした(証拠金規制は2020年秋にかけ段階的に実施)。デリバティブを相対の金融契約として取り扱うのではなく、有価証券に近い取引・清算の仕組みを取り入れ、モニタリングや危機対応が容易な市場構造に転換することを狙ったと考えられる。

他にもボルカールールやリテール銀行業務のリングフェンスなど、無数のルールや規制があり、しかもすべての規制が完全に施行されていない時点で評価が難しいところではあるが、これまでのところ、金融機関に対する規制改革がシステミック・リスクの抑制に奏功していることに対して、異論はそれほどないと言えるだろう。一方で、金融取引・金融市場に対する規制改革は、流動性規制強化との複合的な効果により、とりわけディーラー・マーケットメイカー機能を担う機関の減少を通じて、資金フローの歪みや一定の金融資産への取引集中、ひいては市場流動性の低下をもたらしているとの指摘が多い。

さらに、大規模金融機関の破たん処理については、「大きすぎて潰せない(Too Big To Fail)問題」を終焉させる、すなわち公的資金を活用した救済は行わないという理念が最優先され、政府による金融システムのバックストップ機能は明示的にはなくなった建前となっている。代わって総損失吸収力(TLAC)など金融機関に対する諸規制が導入されたものの、仮に一部の金融市場で何らかのショックや大規模な投げ売りが発生しているときに、これらのメカニズムが円滑・有効に機能するかどうか、市場の不安を鎮静化させられるかどうかは、十分に検証されていない。

英国のEU離脱など国際金融市場に引き続き不確実性が存在している中、金融システムの安定という本来の目的に立ち返り、「危機後10年」を金融規制のアーキテクチャーを総合的に検証・再検討する機会とすることが有益ではないだろうか。

[参考文献]

  • ・岡田功太「金融規制によるドル調達市場の構造的変化」『野村資本市場クォータリー』2018年春号
  • ・小立敬「米国でくすぶるToo Big To Failの終結を巡る論争-グラス=スティーガル法の復活を求める議論とその背景」『野村資本市場クォータリー』2017年夏号
  • ・小立敬「最終化された総損失吸収力(TLAC)の枠組み-TBTFの終結を図る新たなG-SIB規制の概要」『野村資本市場クォータリー』2016年冬号
  • ・吉川浩史「金融規制の複合的な影響によるデリバティブ市場の構造変化」『野村資本市場クォータリー』2015年秋号
    など

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