デジタル資本主義の始まり

編集者の目2018年10月16日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津政信

トヨタ自動車とソフトバンクは10月4日、次世代の移動サービスを手がける新会社「MONET Technologies(モネ テクノロジーズ)」を設立すると発表した。出資比率はソフトバンクが50.25%、トヨタ自動車が49.75%。トヨタ自動車の豊田章男社長は4日の共同記者会見で「自動車業界は100年に一度の大変革期を迎えている。その中にあって、トヨタは車をつくる会社から移動サービスを提供する会社に変わる。そのためには、ウーバーやグラブ等に出資し、自動運転に向けて群戦略を進めるソフトバンクとの提携が不可欠」と強調。一方、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は「トヨタはモビリティで世界1の会社。ソフトバンクはAI(人工知能)革命を重要視する会社。この2社が力を合わせ、モビリティAI革命を牽引していきたい。今回の提携は第1弾。より深く広い提携が進むことを願っている」と述べた。

この提携の意味は何か。まさに、AI時代を迎え、車の自動運転が本格化しようとする中、ライドシェアのウーバーやグラブ、画像認識・処理のNVIDIA、半導体のARM等に出資するソフトバンクと、革新的なトヨタ生産方式、ハイブリッド車プリウスで培ってきた電動車両技術、全固体電池の開発でEV用バッテリーでも先端を行こうとするトヨタが手を結ぶことで、「CASE」、すなわち、コネクティッド、自動運転、シェアリング、電動化という自動車業界の新しい潮流に積極的に対応しようとするものである。特筆すべきは、モノ作りの高度化的発想ではなく、デジタルサービス、シェア経済の本格化を意識したものであることだろう。

野村総合研究所(NRI)は、今年4月20日に発行した「デジタル資本主義」(此本臣吾社長監修、東洋経済新報社刊)で、資本主義の発展段階を次のように定義している。(1)東インド会社の登場から始まる18世紀以前の「商業資本主義」、(2)18世紀後半に起きた産業革命に始まり、19世紀、20世紀と続いた「産業資本主義」、(3)20世紀末のインターネットの登場や近年著しい発展を見せるAIがもたらす産業社会の変化を重視する「デジタル資本主義」である。そして、現代の資本主義は「デジタル資本主義」という第3の形態に移行したとの立場をとっている。その意味では、現在のデジタル革命を「第4次産業革命」と呼ぶ産業資本主義の高度化とする考え方よりも、知識を経済成長の源泉と定義し、新たな資本主義の時代が始まるとしたピーター・ドラッカーの立場に近い。すなわち、デジタル資本主義とは、「デジタル技術を活用して差異を発見・活用・創出し、利潤を獲得することで資本の永続的な蓄積を追求するシステム」ということになる。

デジタル資本主義という概念を導入することで捉えやすくなる経済事象としては、(1)生産・所得の伸びが小さい中でも生活の質が向上したという消費者意識を支える無料のデジタルサービス(グーグル検索、YouTube等)、(2)シェアリングエコノミーの登場(エアビーアンドビー、ライドシェアサービス、オンデマンドサービス等)等がある。確かに、グーグル検索やYouTubeは無料(もちろん、サービス提供者は広告収入で対価を得ている)で使え、NRIが行ったアンケート調査では、消費者は生活の質が向上したと答えている。シェアリングエコノミーの登場も双方向性をもつインターネット技術やスマホ決済等のフィンテック技術に支えられている。さらに、AIの発展がこういったサービスの使い勝手を良くしていくだろう。たとえば、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が10月4日の共同記者会見で示していたが、AIによる需要予測を使いライドシェアの需給を的確に予測し、料金を需給に応じて変えていくなどがそれに当たろう。いずれにせよ、現在のデジタル革命を産業資本主義の高度化と捉えるか、デジタル資本主義の始まりと捉えるか、あとから振り返ると、その差は相当に大きかったということになるだろう。

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