日本経済中期見通し2019
-失われた金利を求めて-

論文2018年11月21日

野村證券金融経済研究所 経済調査部 美和 卓、桑原 真樹、水門 善之、棚橋 研悟、髙島 雄貴、大越 龍文

目次

  1. I.はじめに-意識される中央銀行金融政策の限界とその背景
  2. II.中央銀行が平均インフレ率を決定できない世界
    1. くすぶるインフレ目標引き下げ観測
    2. インフレ目標未達が意味する根本的な問いかけ
  3. III.新しい金融政策の指針
    1. 名目成長率の平準化を目指す「名目成長率ルール」
    2. 「名目成長率ルール」を巡る論点
  4. IV.日本における「名目成長率ルール」導入の際の論点
    1. 金利の上昇目途
    2. 金利引き上げが実現するための国内的条件
    3. 金利引き上げが実現するための国際的条件
  5. V.現実的な日銀金融正常化の経路
    1. 「名目成長率ルール」に依存しない現実的金融政策正常化手法
    2. 緩和長期化の副作用論
    3. 自然利子率の水準論-日銀による自然利子率の推計
    4. インフレ目標見直し論-「2%」の物価安定目標の意義
    5. 正常化に向けた根拠活用の前提と局面
  6. VI.金融政策正常化と日本銀行自身への影響
    1. 日銀金融政策正常化の特異性
    2. 金融緩和「出口」のモデル手順
    3. 既に始まっている日銀金融政策の正常化
    4. 正常化ステップの封印に繋がる政策修正
    5. 真の「出口」局面において日銀が直面する課題
    6. 出口局面における日銀損益シミュレーションとその前提
    7. シミュレーションの結果
    8. 「出口」問題の本質
  7. VII.金融政策正常化と財政の維持可能性
    1. 日本国債のファイナンス構造と金利上昇時のリスク
    2. 金利上昇のインパクト:簡単なシミュレーション
    3. 家計金融資産が増加している理由
    4. 金利上昇のインパクト:家計金融資産が増加する場合
  8. VIII.シナリオ別の中期経済見通し
    1. 世界経済の前提
    2. 原油価格の前提
    3. シナリオ区分の考え方
    4. メイン・シナリオ
    5. 正常化シナリオ
    6. ヘリマネ・シナリオ
  9. IX.終わりに

要約と結論

  1. 今回の中期見通しでは、インフレ目標未達ながらも日本銀行が金融政策正常化に踏み切るシナリオを明示的に取り入れた。ただしそれが成功するためには多くの条件が必要である。そこで最も確度が高いと判断される「メイン・シナリオ」では正常化は始まらないとし、正常化ケースは「サブシナリオ」とした。
  2. 2%のインフレ目標達成が遠い中、日本銀行による事実上の目標引き下げ観測がくすぶっているが、それは「中央銀行は長期的な平均インフレ率を思い通りに決定できない」ことを認めるに等しい。その場合、金融政策は事実上名目成長率の短期的な変動平準化を目的とする「名目成長率ルール」に移行するのではないか。金利は引き上げに向かうが、それが成功するためには、国内的には金利収入の増加(期待)により個人消費が堅調に伸びること、国際的には他国・地域でも2%目標の達成が困難との認識が広まることが必要となる。
  3. もちろん現時点で日本銀行は、2%の物価安定目標を維持しつつ目標到達以前に正常化を進めるための理論構築を行っているように見える。1)現実のインフレ率が2%から遠い段階では、副作用論に基づく長短金利操作(YCC)の柔軟化、2)インフレモメンタムが回復する局面では、自然利子率の上昇に依拠した長期金利誘導目標の引き上げ、そしてYCCからの離脱・短期金利操作への移行が検討されよう。3)インフレ目標引き下げのハードルは高そうだ。
  4. 大規模緩和からの「出口」においては、日銀自身が損失を被る可能性がある。負債である当座預金の金利は速やかに上昇する一方、保有資産にかかる金利は徐々にしか上昇しないためであり、その損失は緩和が長期化するほど、保有資産のデュレーションが長いほど大きくなる。もっとも、日銀の財務内容悪化自体が金融政策の運営を困難にする直接的な経路は見出しにくい。
  5. 「出口」における問題の本質は、政府財政の持続可能性にあろう。金利上昇は政府債務の増加ペースを速め、国内消化が困難となるタイミングを早める。この点について我々にとっての朗報は、家計金融資産が増加を続けていることである。多少の金利上昇であれば、財政再建に踏み出す時間がある程度は残されていると考えられる。