待たれるアベノミクスの再興

編集者の目2018年11月29日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津 政信

日経平均株価の2018年の高値は10月2日に記録した24,270円である。9月26日の日米首脳会談で、日米物品貿易協定交渉を開始し交渉中は自動車の追加関税を日本に発動しないと合意し、リスクオンとなった直後のことであった。その後、米長期金利の上昇や米ハイテク株の成長鈍化懸念で米国株が急落、それに連れ安し10月29日に21,149円の安値をつけた。現在戻り歩調ではあるが、本稿を執筆している11月28日現在、22,177円と戻りの鈍い状況が続いている。事実、1年後のアナリスト予想EPS(1株当たり利益)に基づくTOPIX(東証株価指数)予想PER(株価収益率)は12倍台まで下がり、12年末から始まったアベノミクス相場の中では、ほぼ最低水準となっている。

18年初に15倍台だった予想PERが12倍台まで低下した第1の理由は、米国株、具体的には、(1年後EPSに基づく)S&P500指数予想PERが米国の長期金利の上昇等により18倍台から15倍台に低下したことである。現状S&P500予想PERとTOPIX予想PERには2~3倍の差が存在するが、日本経済が人口減少下にあること、日本企業の長期利益成長率が米国企業に比べやや低いこと等が関係していよう。しかしそれだけでこの大きな差は説明できない。第2の理由は、アベノミクスへの期待が残念ながら後退していることだろう。アベノミクスへの期待感が高かった12年末から15年前半までTOPIX予想PERは13~16倍のレンジで推移し、S&P500予想PERとの差も今日ほど大きくなかった。

その意味では、アベノミクスの再興が待たれるところだ。具体的には、アベノミクスの3本の矢のうち、すでに活用が進み、副作用も気になる金融緩和政策は現状程度に止め、当面の景気維持に必要な財政政策の活用と潜在成長率引上げに不可欠な成長戦略のテコ入れが重要だろう。まず、財政政策だが、19年10月に予定される消費再増税による景気腰折れを防ぐため消費税対策がなされる。経済財政諮問会議、未来投資会議等が11月26日に打ち出した経済政策の方向性に関する中間整理案の第4章消費税率引上げに伴う対応等によると、対策は9つ。(1)幼児教育の無償化、(2)軽減税率制度の実施、(3)低所得者・子育て世帯向けプレミアム商品券、(4)自動車・住宅の購入者に対する税制・予算措置、(5)消費税率の引上げに伴う柔軟な価格設定、(6)中小小売業に関する消費者へのポイント還元支援、(7)マイナンバーカードを活用したプレミアムポイント、(8)商店街活性化、(9)防災・減災、国土強靭化対策である。金額は明示されていないが、時限で行われるものを含め概ね4兆円、実施時期が半年遅れる幼児教育無償化以外の教育無償化まで入れると消費税引上げに相当する5兆円程度となろう。このため、14年4月の前回の消費税引上げ時とは違い、今回の消費税再引上げの悪影響はかなり限定されよう。

次いで、より重要な成長戦略については、同じく中間整理案の第2章成長戦略の方向性に考え方が示されている。具体的には、(1)Society5.0の実現、(2)全世代型社会保障への改革、(3)地方施策の強化である。このうち、最も重要なSociety5.0について詳しく見ておきたい。第1はフィンテック/キャッシュレス化である。日本はATM網が発達していたこともあり、米国はもとより中国に比べてもキャッシュレス化は大きく遅れたが、ここからは簡単に安く安全に支払・送金ができ、個人の消費情報等を自動的に収集・管理することで、セキュリティを確保しつつ、家計管理や貯蓄、個人ローン等を選択でき、自らのニーズにあったサービス提案を受けられる社会を目指すとされている。このため、金融法制の見直し等を急ぐとともに、消費税引上げ対策の一つとして、クレジット、スマホ決済に政府予算からポイント還元を実施し、キャッシュレス決済普及の契機として使うことを盛り込んでいる。第2は次世代モビリティ社会の実現である。移動弱者ゼロに向けて地方での車の完全自動運転実現やデータを活用し需給に応じた価格設定を行い都市での混雑解消を目指す等が想定されている。第3はスマート公共サービスである。各種届出、書類手続き等の個人向け手続きの自動化、税・社会保険手続きの自動化や税・公金支払いのキャッシュレス化等が検討されている。第4は次世代インフラである。道路・トンネル・橋梁・上下水道等全てのインフラ台帳をデジタル化し、点検・補修作業におけるAI(人工知能)やロボット・センサー・ドローン等の革新技術の採用を進める。効率的なインフラの維持管理が可能となる試みだ。

このように、現在検討されている成長戦略には、デジタル技術、デジタルサービスの本格活用が盛り込まれている。大事なことは、実現のための工程表を作ることと実現のカギを握るAIへの人材・研究開発投資を抜本的に強化することだ。幸い、中間整理案には来年夏までに実行計画を閣議決定するという一文がある。ぜひ、骨太方針等に反映させ、しっかりした実行計画も作っていただきたい。こうして、アベノミクスの再興が進むと外国人投資家の日本株を見る目も再度前向きになってくるだろう。金融政策によるリスクプレミアムの縮小ではなく、成長戦略の強化を通じたリスクプレミアムの縮小、日本株のバリュエーションの切り上がりに期待したい。

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