世界一の産油国となった米国、覇権国の地位強化へ

編集者の目2019年1月30日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津政信

米国エネルギー省が2019年1月15日に公表した2020年末にかけての米国原油生産の見通しが力強い。足元は、日量1,200万バレル弱であるが、これが2020年12月には同1,335万バレルに達する予想である。米国はすでにサウジアラビア、ロシアを抜いて、世界最大の原油生産国だが、今後さらに増えていく見通しである。これは、メキシコ湾の海底油田の新規生産開始もあるが、多くはシェール・オイルの増産が占める見通しだ。今の原油価格である1バレル50~60ドルでも、シェール・オイルは損益分岐点が下がってきたので、増産が可能になった。日本のように石油が出ない国からすると羨ましい限りであるが、米国はシェール・オイルの開発でサウジアラビアやロシアを凌ぐエネルギー大国になった。

この米国の原油生産量を年間でみると、2018年に日量158万バレル増加したのに続き、2019年に同114万バレルの増加、2020年に同79万バレルの増加が見込まれている。これに対し、世界の原油需要は毎年、日量130~150万バレルほど増加しており、2018年は米国の供給増が世界需要増を上回り、世界の原油需給が緩む大きな要因になった。2019年も米国が日量114万バレル増産すると、原油需要増の80%以上が米国1国の増産で吸収され、米国以外の非OPEC諸国の増産も考慮すると、OPECやロシアが年間を通じて減産を続けないと、世界の原油の供給過剰は縮小しがたいことになろう。上値の重い原油価格の背景には、米国の原油生産増があることは疑いがない。

さて、こうした米国の原油生産増、1バレル50~60ドルの原油価格の長期化は中東の地政学にどのような影響を与えるのか?サウジアラビアについては、それでも日量1,000万バレル以上産出しているので問題はないが、最も困るのはイランであろう。イランは、米国の核合意見直しとそれに伴う経済制裁で輸出、生産数量が落ちている。IEA(国際エネルギー機関)の推定で、18年12月のイランの原油生産量は日量280万バレル、生産能力同385万バレルに対し、稼働率は72.7%と低迷している。輸出、生産数量は米国の経済制裁で減らされ、価格は50~60ドルとなると、イランはおそらく今年後半から来年にかけて経済が厳しくなるだろう。経済が厳しくなると、イランは原油価格上昇のため、中東湾岸で危機を作りだす誘惑にかられるのではないかという石油専門家もいる。また、米国の原油生産量が増え中東からの原油輸入依存度が低下すると、米国は中東にかつてほど関心を持たなくなるのではないかという見立てもある。ただ、超長期ではともかく、米国の同盟国のイスラエル、サウジアラビアがイランと対峙した状況にある以上、米国のイスラエル、サウジアラビア重視の中東戦略が簡単に変わることはないだろう。

次に、米国の覇権国としての地位にはどう影響するか。もちろん、世界最大の産油国としての立場は米国の覇権国の地位にプラスの影響を与えよう。米国はドルという基軸通貨を持っており、シリコンバレーでのイノベーション力を背景にIT分野の王者である。また、米中貿易戦争を仕掛け、中国包囲網を作り、自動運転やIoT(モノのインターネット)のプラットフォームになる5G(第5世代移動通信システム)での中国の影響力拡大に待ったをかけている。さらに、補助金を使った中国の産業育成策に反対し、中国ローカル企業には最先端の半導体製造装置は売らず、AI(人工知能)の発展に不可欠な半導体での中国の競争力強化を阻止しようとしている。その上、石油でもOPECのカルテル体制を揺さぶるまでの力を身に付けている。トランプ氏のような異端の大統領が出てきて、米国の政治経済力はかなり落ちるのではないかという見方があるが、私はそうは思わない。むしろ、米国一人勝ち構図になりつつあるというのが実相だろう。

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