米中摩擦再燃でも世界景気の回復基調は崩れないだろう

    編集者の目2019年5月30日

    野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津政信

米中通商協議について、5月の連休前には「何らかのかたちで合意がなされ、6月初めまでにはワシントンで米中首脳会談が行われる」という観測が支配的だったが、5月5日にトランプ米大統領がツイッターで、猶予中であった2,000億ドルの中国製品に対する制裁関税の引き上げを表明したことにより新たな展開となってきた。トランプ政権は第4弾として、残る3,000億ドルへの25%追加関税策も6月末に発動できるよう準備をしている。明らかに米国が優位な状況であり、最終的には中国側が一定の譲歩をすることで事が収まるだろうが、6月28-29日の大阪G20(20カ国・地域)サミット開催中に想定される米中首脳会談で決着し、霧が晴れるとは考えづらい。第1に、5月9-10日に中国の劉鶴副首相とライトハイザーUSTR(米通商代表部)代表がワシントンで閣僚級会合を行った後、すでに大阪G20サミットまで1カ月となった時点でも次の閣僚級会合の日程が決まっていない。第2に、中国は6月4日に天安門事件から30年の節目を迎えるのに加え、8月には共産党の長老及び現役最高幹部らが一堂に会する北戴河会議がある等神経質な時期が続くからだ。

にもかかわらず、日米の株価は昨年10-12月のような下げ方をしていない。NYダウ(ダウ工業株30種平均)終値は直近高値の4月23日から直近安値の5月29日まで5.7%下落、日経平均株価終値は同4月25日から同5月29日まで5.8%下落である。ちなみに、昨年10-12月の下げはNYダウで18.8%、日経平均株価で21.1%の大きさであった。この差は昨年10-12月の下げが米中通商摩擦とFRBの利上げ懸念であったのに対し、今回の下げは米中通商摩擦再燃だけで、FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げ懸念は1月30日のFOMC(連邦公開市場委員会)でFRBがハト(景気重視)派に急旋回し、利上げ停止を打出した以降沈静化している。円高の動きも限定的だ。FF(フェデラル・ファンド)金利誘導目標の中心値は2.375%であり、よほど不況色が強くならなければ米10年国債利回りがFF金利を大きく下回る展開になりにくい。ここ直近の円ドルの動きも日米の10年国債の利回り格差で概ね説明可能である。もちろんFRBが利下げするとなれば米10年国債利回りが2.1%程度まで下がり、日米の10年国債の利回り差がさらに縮小する可能性はあるが、今の底固い米景気の動向からは考えにくいところだ。円ドルレートは1ドル=108~109円から112~113円、平均110円程度と見ておいて良さそうに見える。

結局、米中通商摩擦だけで、世界景気後退を見込むのは悲観的に過ぎるということになるが、その理由はなにか。まず第1は、リーマンショック後の新常態だろう。失業率が下がっても賃金は大きく上がらず、インフレも高進しない。したがって、中央銀行の金融政策はタカ(インフレ警戒)派化しないということがあろう。FRBがハト派に急旋回したきっかけは昨年10-12月の米国株安であったが、底流にはインフレ率が上がってこない中で急いで利上げする理由がないということがある。また、関税の大幅な引上げはインフレ要因ではあるが、野村の米国エコノミストチームは、仮に残り3,000億ドルへ25%の追加関税をかけても、FRBが重視するコアPCE(個人消費支出)デフレーターは19年が1.6%から1.7%、20年が1.9%から2.3%の上昇にとどまり、FRBはFF金利を2.375%の現行水準から引き上げる必要はないと予測している。

第2は、財政政策による景気下支えがあろう。もっとも典型的なのは、中国による減税、インフラ投資増であり、米中貿易摩擦による景気下押し圧力を財政政策で押し返し、中国経済も春以降緩やかに持ち直す動きとなっている。今後も必要があれば追加財政支出増が検討されよう。日本でも19年度予算に2.3兆円の消費増税対策が盛り込まれているほか、米中通商摩擦の悪影響が追加的に現れる場合は、19年度補正予算の早期編成で対応することになろう。米国もトランプ大統領は20年秋の大統領選挙での再選を見据え、インフラ投資計画を議会民主党と議論しようとしている。財源問題でどう折り合うかなど課題もあり、どこまで具体化するか慎重に見極める必要があるが、財政政策の活用も米景気の下支えとなるはずだ。

第3は、中東情勢が悪化しても、原油価格が上がりにくくなっていることだ。米国がイラン制裁を強化するなか、イランがそれに反発している。イランは制裁によって原油の輸出数量が落ちるなか原油価格まで下がると経済の運営に困る。従って、原油価格を維持するために中東情勢を多少とも緊張させる可能性があることは以前から考えられていた。同国としては1バレル=60ドル台を維持したいが、それを大きく超えて上げられるかというと難しいと言うのが我々の判断だ。理由は、米国は今やサウジアラビアやロシアを凌ぐ世界最大の産油国であり、同国の原油増産が価格抑制要因となるためである。原油価格が1バレル=70-100ドルという大幅上昇はあまり予想しえず、中央銀行の引き締め策のトリガーになりそうもない。

以上、19、20年に米中通商摩擦が世界景気後退をもたらす可能性は小さく、景気回復基調は崩れないだろう。ビジネス環境は悪くなく、5G(第5世代移動通信システム)、IOT(モノのインターネット)等の技術革新要素も後押しし、日米企業の業績は拡大し、日米株価の回復基調が続く公算が高いと考えている。

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