増加する自社株買い、その背景と効用

    編集者の目2019年6月26日

    野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津 政信

2019年度に入り日本企業の自社株買いが増加している。上場企業が4月、5月の2カ月で設定した自社株取得枠は3兆5,831億円で、18年4~5月と比べ2倍の金額になっている。もちろん、5月は3月期決算企業の本決算発表の時期で、1年を通しても中間決算発表月の11月とともに自社株買いの発表が多い月であるが、すでに2カ月で18年度を2兆円弱上回ってスタートしているのは株式市場にとって心強い限りだ。このペースで行くと19年度の自社株取得枠は9兆円に達し、自社株買い実施額も8兆円(18年度は6.0兆円)に達する可能性があろう。もちろん、年後半に株価水準が上がりペースが鈍化する場合もありうる。それでも自社株買い実施額は7兆円を下回ることはなさそうだ。

このように自社株買いが増加しているのは、3つほどの要因があろう。第1は、東京証券取引所による「コーポレートガバナンス・コード」等を通じた企業経営への働きかけや国内外の投資家が株主還元の重要性について企業との対話を積み重ねてきたことが奏功しているだろう。第2は、物言う株主、アクティビストの活動が活発化していることだ。IR Japanによると、日本で活動するアクティビストファンドの数は、18年末で25と2年前と比べ倍増している。アクティビストファンドから株主還元の強い要求が出てくることを見越し、自社株買いに踏み切るケースも増えていよう。第3は、自社の株価を割安と見る経営者の数が18年度後半から増加し、現在でも高留まっていることも関係していよう。実際、経営者の株価判断と自社株買い発表件数には正の相関があることが確認されている。

それでは、自社株買いの増加はどういった効用をもたらすのだろうか。第1は、バリュエーションの改善であろう。アナリストによる1年後利益に基づく日本株の予想PER(株価収益率)は、東証株価指数でみて、株価が急落した18年12月末で11.7倍だったが、19年4月末には13.2倍まで改善している。主因は利上げ停止を織り込んだ米国株の予想PERの上昇だが、自社株買いも一定程度関係していよう。というのは東証の主体別売買動向(先物を含む)でみて、19年1~5月合計で事業法人は1兆5,609億円の買い越しになっているからだ。この間、海外投資家は8,971億円の売り越しで、事業法人の買い越し額はこの1.74倍に達している。

第2は、米国型の市場構造に近づくその一歩になると期待されることだ。ここである前提をおいて長期の自社株買いの可能性を計算してみよう。18年度の上場企業の連結純利益は43.1兆円。年率4%で成長すると25年度の連結純利益は56.7兆円と試算される。ここで総還元性向を60%とし、配当性向を35%、自己株式取得性向を25%とすると、自社株買いは14.17兆円と計算される。総還元性向60%の妥当性だが、18年度の総還元性向は47.1%なので、十分手が届く水準だろう。ちなみに、米国企業の総還元性向は概ね100%、欧州企業でも60~70%となっているから、日本企業がこの程度まで引き上げるのは妥当と言えよう。

さて、自社株買い14.17兆円を時価総額と比べてみるとどうなるか。18年度末の時価総額は599兆円で、利益成長年4%に見合う形で増加するとして、25年度では788兆円となる計算だ。14.17兆円はこの時価総額の1.8%となる。翻って、米国の自社株買いはどのくらいか。18年は85兆円、時価総額の2.4%相当だったと見られている。社債を発行して、自社株買いを行う企業もあるだけに米国の場合は高いが、日本も18年度の1%から長期的には2%に接近する可能性が出てきている。自社株買いにより自己資本の積み上がりを抑え、ROE(自己資本利益率)を高く維持すると同時に株式需給を好転させる効用がある。米国型市場構造に近づく最初のステップが始まったとすれば、株式市場にとって勇気づけられる動きと言えそうだ。

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