予防的利下げに踏み出す米FRB

    編集者の目2019年7月30日

    野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津 政信

FRB(米連邦準備制度理事会)が7月30~31日に行われるFOMC(米連邦公開市場委員会)でFF(フェデラル・ファンズ)金利の0.25%ポイントの利下げに踏み出すのはほぼ確実だ。パウエル議長は6月以降、講演や(6月18~19日の)FOMC後の記者会見、議会証言などで度々景気悪化に先手を打つ予防的利下げに言及、現時点で野村の米国担当エコノミストは7月と10月合わせて2回、0.5%ポイントの予防的利下げを見込んでいる。債券、株式、為替の各市場は現在2回ないしそれ以上の利下げを織込んで価格形成されているとみられる。

それでは、なぜ今予防的利下げなのか。1つは米中貿易摩擦などから来る景況感のもたつき、とりわけ製造業の景況感の悪化があろう。製造業の景況感を示すIHS Markit米国製造業PMI(購買担当者景気指数)は、直近の7月分が50.0と好不況の分岐点である50まで下がってきている。また、PMI以上に良く使われる米ISM(供給管理協会)製造業景気指数も輸出不振や在庫調整圧力で直近6月分が51.7%と50%に接近してきている。過去FRBが予防的利下げに踏み切り、景気後退を回避したケースは1995年、98年と1990年代に2回あるが、どちらもISM製造業指数は50%割れとなっていた。今回はまだ50%割れとはなっていないが50%に接近している点では似ていると言って良いだろう。製造業の悪化が長期化すると非製造業にも影響が及び、景気後退に繋がりかねないとの懸念が予防的利下げに踏み出させようとしているのだろう。2つは消費者物価上昇率の鈍化であろう。7月26日に2019年4~6月期の米GDP(国内総生産)速報とともに14年以降のGDPデータの年次改訂が公表された。これによりコア(食料・エネルギーを除く)PCE(個人消費支出)インフレ率の鈍化がより鮮明になっている。直近のピークであった18年7~9月期の前年同期比2.04%から19年4~6月期には同1.54%と9カ月間で0.5%ポイントの低下である。2%の物価目標達成は日本、ユーロ圏はもとより米国でも簡単ではないということのようだ。パウエル議長は日本のデフレ、ディスインフレから金融政策は多くのことを学ぶべきだとも述べている。

さて、予防的利下げの狙いは何か。言うまでもなく、適温経済の持続であろう。リーマンショック後の経済の特色は、フィリップ曲線が平坦化しているため、景気拡大が長期化し失業率が低下しても賃金の上昇は鈍く、インフレになりにくいことだ。リーマンショック後の新常態、ニューノーマルともいえる暑くもなく、寒くもない経済状況を適温経済と呼んでいる。この適温経済の持続こそ予防的利下げの狙いと言って良いだろう。そもそも、FRBは物価安定と最大雇用の2つを金融政策の目標としている。物価の安定が保たれている限り、ハト派(景気重視)的金融政策を遂行し、景気拡大の長期化を狙うのはFRBの組織目標に合っているのだ。トランプ政権が20年秋の大統領選挙を有利に運ぶために、圧力をかけているとの見方もなくはないが、FRBの組織目標から見て、適温経済の持続を狙うは当然のことなのだろう。野村のエコノミストは、0.5%ポイントの予防的利下げを前提に、米国の実質GDP前年比成長率を19年2.2%、20年1.5%、21年1.8%、コアPCEインフレ率を19年1.7%、20年2.3%、21年2.1%と予測している。米国経済はすでに10年に及ぶ景気拡大を達成しているが、あと2年余りは緩やかな景気拡大局面が続くという予測であり、FRBの狙いは達成されると見ている。なお、この予測には中国への第4弾の25%の関税引上げも織込んでおり、もし第3弾で終われば20年のGDP成長率は予測より幾分高く、同コアPCEインフレ率は幾分低くなろう。

最後に副作用はないのか。おそらく株価や不動産価格の行き過ぎた上昇が起きるかどうかが注目点だろう。現在のS&P500の1年後EPS(1株当たり利益)に基づく予想PER(株価収益率)は17倍程度で、米10年国債利回りが2.0~2.2%の低水準なので、割高ではないが、18~20倍となって来ると行き過ぎが懸念されるようになろう。同様に、不動産価格も、たとえばニューヨークの中心部のオフイス賃料の水準は、日本不動産研究所の調べで香港、ロンドンよりは安く、東京の丸の内・大手町と変わらないほどだ。これがロンドンを上回るようになるとやや警戒を要しよう。いずれにせよ、現時点では心配するような水準ではないと言えよう。

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