「プライベート資本市場」拡大が示唆する市場構造の変化

編集者の目2019年7月30日

野村資本市場研究所 執行役員 関 雄太

プライベート資本市場という用語に、正式な定義はない。強いて言えば、未上場企業・非公開企業の資本市場、あるいは私募の資本調達ということになるが、調達サイドの顔ぶれはスタートアップから上場直前のベンチャー企業、中堅企業、家族経営のファミリービジネスに至るまで多彩である。

世界中の注目を集めるほどになったプライベート資本市場の近年の拡大を牽引してきたのは、いわゆるユニコーン企業の存在である。評価額10億ドル以上、創業10年以内の未公開スタートアップを意味するユニコーン企業は、CBインサイツ社の調べによれば2019年7月時点で世界に376社あるとされ、推定企業評価額の合計は1兆ドルを超える。なかでもウィーワークやエアビーアンドビーなど、米国本社のユニコーン企業は184社に達しているが、米国の「ユニコーン・ブーム」の背景として、人工知能(AI)開発やシェアリングエコノミーなどのイノベーション進展だけではなく、投資家サイドの変化を見逃すことはできない。

特に、プライベート資本市場の専門家と言うべきプライベートエクイティ(PE)ファンドの資金力・影響力の拡大は顕著である。例えば、ブラックストーンやKKRは、運用会社自らは上場する一方で、機関投資家私募を通じて大型PEファンドを次々と組成、しかも複数の産業セクターやアセットクラスにまたがる合併・買収(M&A)や事業再生を縦横無尽に行い、マーチャントバンク的な性格を強めている。米国ベンチャーキャピタル業界の年間投資額合計に匹敵する1,000億ドルの資金を1社で集め、AI分野などに集中投資するソフトバンク・ビジョン・ファンドの動向も、同列に扱うことができよう。年金基金、ファミリーオフィス、産油国・新興国のソブリンウェルスファンドが、PEファンドへの出資を積極化していることも背景として指摘できる。

また、リテール投資家向けに投資信託を運用しているアセットマネジメント会社が、自己勘定もしくはファンドを通じて未公開株式に投資することが増えており、上場をまたぐ出資となることからクロスオーバー投資などと呼ばれている。実際、19年5月のウーバー・テクノロジーズの上場前には、フィデリティやT.ロウ・プライスが株主となっていたことが話題となっている。

一方、プライベート資本市場におけるセカンダリー取引の活発化も目立っている。しかも、詳細に見ると、米国では未公開株のセカンダリー取引も重層化しており、(1)レイターステージ・プレ新規公開(IPO)段階の企業に投資する目的で組成されたPEファンドが、アーリーステージで株主となっていたベンチャーキャピタルから株式を買い取るケース、(2)自衛力認定投資家(Accredited Investors、保有純資産が100万ドルを超える個人など米証券法規則501に該当する投資家)が、未公開株式取引プラットフォームを通じて譲渡制限付株式を保有する従業員やファンドから買い取るケースなど、多様な取引形態が登場している。後者のプラットフォームについては、シェアーズポスト、ナスダック・プライベート・マーケット(旧セカンドマーケット)などがフェイスブックの上場(12年5月)前後から相当の取引需要を受け止めており、プラットフォーム運営会社は未公開株式を担保としたローンの提供あるいは株主管理サービスなどソリューションの開発にも乗り出している。

以上のような動きを見ると、米国においてはプライベート資本市場の構造や流動性が改善していることで、プライベート資本市場を活用する企業、投資家双方の層が厚くなってきたと言える。見方によっては、プライベート資本市場が上場・公募の「パブリック資本市場」の機能を取り込みつつあると言うこともできよう。

一方で、PEファンドにおけるバブル発生への懸念、プレIPO時代に企業の成長がピークアウトし上場後の業績や株価パフォーマンスが悪化する例、プライベート資本市場のリターン獲得が機関投資家や自衛力認定投資家に限定されることへの不満など、さまざまな課題も指摘されており、なにより上場の意義とは何なのか、資本市場の役割とは何なのかという本質的な議論につながっていく可能性もある。いずれにせよ、米国プライベート資本市場を巡る今後の動向には、アジアや日本の市場関係者も大いに注目していくべきであろう。

[参考文献]
  • ・岡田功太「米国の株式公開市場の活性化に係る施策を巡る議論」『野村資本市場クォータリー』2018年秋号
  • ・岡田功太「米国の個人による未公開企業投資の規制改革」『野村週報』令和元年7月8日号
  • ・齋藤芳充、吉川浩史「米国のスタートアップから注目される未公開株式取引プラットフォーム」『野村資本市場クォータリー』2018年春号
  • ・関雄太「ゴールドマン・サックスによるフェイスブック出資を巡る議論」『野村資本市場クォータリー』2011年冬号 など

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