日本経済中期見通し2020
-Worryを探せ:「極低温」経済が動く原理-

論文2019年11月22日

野村證券金融経済研究所 経済調査部 美和 卓、桑原 真樹、岡崎 康平、棚橋 研悟、高島 雄貴、新井 真、大越 龍文

目次

  1. I.はじめに
  2. II.世界経済は「極低温」状態
    1. 「低成長」の世界経済
    2. 「極低温」の意味
  3. III.なぜ「極低温」か:Gordonの仮説
    1. 革命的技術革新が世界を大きく変えるのは一度だけ
    2. 革命的技術革新は予想できる
  4. IV.Worryを探せ:「極低温」が動く原理
    1. 満足度が高い生活を続けること=サステナビリティの価値
    2. 社会貢献意識の向上とリスク
  5. V.Worry A: 環境問題
    1. 「環境短観」に見る環境ビジネスの可能性
    2. 環境ビジネスの牽引役としての地球温暖化防止ビジネス
    3. 日本の生産側統計に見る環境ビジネス
    4. 国内リユース市場の拡大
  6. VI.Worry B: 健康問題
    1. 楽しむための運動から「健康」のための運動へ
    2. 家計のスポーツ関連消費は過去最高水準
    3. フィットネスクラブの利用が拡大
    4. 高齢者はフィットネス消費、若者は運動用具類の支出が多い
    5. 高齢化でスポーツ施設利用は増加傾向を維持
    6. 運動用具類は健康志向が高まり続けるかが鍵
  7. VII.Worry C: 人手不足
    1. 人手不足問題への二つのアプローチ
    2. 非製造業に立ちはだかる「アイデアの壁」
    3. 「高齢者―現役世代ギャップ」で見る今後の人手不足
    4. 人手不足版「ルイスの転換点」来たりなば
    5. 人手不足インフレ下の金融政策と為替レート
  8. VIII.Worry D: 日本型雇用慣行
    1. 日本型雇用慣行の概要
    2. 日本型雇用慣行の外堀が埋まり始める
    3. 高齢化も企業が人件費政策を見直す要因
    4. 賃金抑制は離職を招くか
    5. 今後は50歳代の人件費管理が重要に
  9. IX.Worry E: 低金利問題
    1. 世界的な低金利の進行と定着
    2. 構造的な低金利定着=中央銀行の非力化
    3. 低金利が持続可能ではなくなる契機 - 金融機関経営に対するストレス
    4. 低金利定着のストレスが及ぼす金融機関の経営革新
    5. 革命的な金融機関のビジネスモデル変革の必要性と可能性
    6. 低金利定着がもたらすマクロ的変革(a) - 財政依存の高まり
    7. 低金利定着がもたらすマクロ的変革(b) - 基軸通貨、国際通貨システム革新の可能性
  10. X.Worry F: 財政問題
    1. 金融政策が財政依存を強めるとき
    2. 魔法の不等式:名目経済成長率>名目長期金利
    3. 財政拡大への賛否両論
    4. 「極低温」経済を前提とした低金利持続と財政赤字の持続可能性
    5. 金利上昇に克てる経済成長押し上げ実現が財政の持続力維持のカギ
  11. XI.反グローバリズムのリスク
    1. 反グローバル化という妖怪
    2. 反グローバル化の起源(a) - 実体経済的側面
    3. 反グローバル化の起源(b) - 金融的側面
    4. 日本が反グローバル化から一線を画す理由
    5. 日本は反グローバル化から無縁でいられるか?
  12. XII.シナリオ別の中期経済見通し
    1. 世界経済の前提
    2. 原油価格の前提
    3. シナリオ区分の考え方
    4. メイン・シナリオ - 「極低温」継続
    5. ダウンサイド・シナリオ - ヘリマネ、反グローバル政策導入
    6. アップサイド・シナリオ - 「極低温」からの健全な脱却
  13. XIII.終わりに

要約と結論

  1. 世界的に極度の金利低下が進んでいる現状を、我々は「極低温」と名付けた。大きな背景は経済成長力の低下であるが、それは既に生活水準が高いことの裏返しでもある。「極低温」において人々の関心は、水準の高い今の生活を脅かし得る心配事=Worryを探し出し、解決することに向かうのではないか。
  2. 様々な心配事=Worry
    環境問題…環境ビジネスの景況感は良く、生産統計でも環境関連業種は堅調である。環境問題への対処は長期的な成長機会の一つでもあろう。
    健康問題…健康志向の高まりとともにスポーツ関連支出が増加している。健康を害するリスク低減を目的としたスポーツ関連ビジネスにチャンスがあろう。
    人手不足…人手不足解消のための省力化投資は長期的なテーマであろう。省力化がうまくいかない場合に賃金が急増するリスクにも配慮したい。
    日本型雇用慣行…賃金カーブのフラット化とともに転職が増える兆しが見られる。労働市場流動化がより進めば日本の生産性向上につながろう。
    低金利問題…金融機関へのストレスがビジネスモデル変革に、中央銀行へのストレスが国際通貨制度変革につながる可能性に注目したい。
    財政問題…低金利継続の中で財政政策を積極活用することの当否は、政府支出拡大が生産性向上に結び付くか否かに依存しよう。
  3. 日本は反グローバリズムの潮流から一線を画してきたが、国内労働市場の門戸開放、円金利市場のドル化が進んでおり、何らかのきっかけで反グローバリズムが台頭する可能性は否定できない。
  4. 日本経済中期見通し
    メイン・シナリオ…「極低温」が継続。サステナビリティを維持する方向へ緩やかな変化が続く。
    ダウンサイド・シナリオ…世界経済大幅悪化とともに採用されたヘリコプター・マネー政策が奏功せず、溜まった不満を背景に反グローバリズムが強まる。
    アップサイド・シナリオ…転職がさらに活発化して日本型雇用慣行が事実上崩壊、労働市場の流動性とともに労働生産性が高まる。