資産残高20兆ドルを突破した米国投資信託市場の真の牽引役とは

編集者の目2019年11月29日

野村資本市場研究所 執行役員 関 雄太

米国投資会社協会(Investment Company Institute: ICI)の調査によれば、2019年7月にミューチュアルファンド(オープンエンド型公募投資信託)の資産残高が、史上初めて20兆ドルの大台に乗った。日本の公募投資信託の資産残高も、2019年はほぼ毎月、史上最高を更新しているが120兆円に届いておらず、日米の投信市場には実に18~20倍もの規模の格差が生じていることになる。

米国投信市場は拡大のスピードも速く、2018年までの20年間で年平均6.0%の伸びを示している(日本では同期間の伸び率は4.6%/年)。これだけの高成長、巨大化にも関わらず、20兆ドルというマイルストーン到達が、米国内においてすら、まったくと言ってよいほど報じられていないのは、投信業界全体が好況を享受しているわけではないからであろう。実際、伝統的には主力商品であったアクティブファンドからは2015年以降、多額の資金流出が続いており、バンガードとディメンショナル・ファンド・アドバイザーズを除く上位ファンドファミリーも、販売面では相当の苦戦を強いられている。インデックスファンド・ETF(上場投資信託)への資金流入が継続しているのとは、対照的な動きとなっている。

別の角度から見れば、近年の米国投信市場は、旗艦ファンド、人気ファンドマネージャーが市場拡大を牽引した時代から、大きく変容してしまった。SMA(セパレートリー・マネージド・アカウント)やファンドラップなどの投資一任サービス、あるいはTDF(ターゲット・デート・ファンド)やファンド・オブ・ファンズなどポートフォリオによる運用商品が主流になったことで、パフォーマンスの相対的な高さだけではなく長期安定性、運用戦略の一貫性やフォーカスなどが問われるようになっている。投信の本質が「リターン追求」「金融商品」から「ポートフォリオ」「資産運用サービス」へと変わってきたとも言えるだろう。

米国の投信市場巨大化を支えるもう一つの要因が、401(k)プラン、IRA(個人退職勘定)などのDC(確定拠出年金)制度であることにも注目しなければならない。2019年6月時点で、職域DCプランの資産残高は約8.4兆ドル、IRAの資産残高は約9.7兆ドルに達する(ICI調査による)。職域DC資産の55~60%、IRA資産の45~50%が投資信託で運用されており、これを合算すると20兆ドル投信市場の実に約45%はDC経由で保有されていることになる。

特に職域DCプランは、若い世代の勤労者が初めて投資を経験する入口として機能しており、また多くの加入者が退職まで長期間の積み立てを行うため、投信を金融商品ではなく退職貯蓄の中核的な手段とみなす傾向が強くなる。実際にベビーブーマー層(1946年~64年生まれの人口階層)は退職した後もIRAに資金を移管し、老後のメイン口座として一定の資産運用を継続する傾向が強い。また、米国個人金融資産の中に占める投信(MMF(マネー・マーケット・ファンド)を含む)の比率は、1981年に初めて2%を超えた後、緩やかにかつ一貫して上昇、現在12%を超えている。401(k)プランの開始が1981年であったこと、2001年に職域DC・IRAへの拠出上限が引き上げられたことなどの経緯を注意深くたどれば、ベビーブーマー層によるDCプランへの積み立て→投信市場への資金流入→株式市場等への影響→退職後もIRAを通じた積極的な資産運用という好循環が、20兆ドル市場形成の隠れた牽引役と見ることができる。一方で、米国の株価上昇が投信拡大につながったという見方は、少なくとも近年の市場拡大を説明するロジックとしては間違い、あるいは因果関係の一部しか見ていないことになる。

20兆ドルと言えば日本の個人金融資産全額(2019年6月末1,860兆円)をはるかに上回る規模であり、資金の行き先は米国だけでなくグローバル金融市場に大きな影響を与えることが容易に想像できる。しかし、実際の米国投信市場では、退職貯蓄制度としての期待が大きくなり、運用もそれを踏まえた分散・安定的なスタイルが重要性を増し、かつての「華やかな」パフォーマンス競争・販売競争は影を潜めつつある。日本の関係者も、「貯蓄から投資へ」の中心的な担い手としての投信の役割を再認識するとともに、米国市場のような好循環・真のすそ野拡大を生み出すための枠組みづくりや環境の整備のため、議論を深めていくべきであろう。

[参考文献]
  • ・岡田功太、幸田祐「米国投信業界で圧倒的な資金流入額を誇るバンガード」『野村資本市場クォータリー』2016年春号
  • ・野村亜紀子「確定拠出年金の課題と求められる制度改正」『野村資本市場クォータリー』2012年秋号
  • ・野村亜紀子「米国投資信託ロングセラーを支える確定拠出型年金(DC)」『野村資本市場クォータリー』2012年春号
  • ・神山哲也「独自の低コスト戦略で台頭するディメンショナル」『野村資本市場クォータリー』2011年夏号 など

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