米国リテール投資サービス業における『ゼロ・コミッション革命』への道のり

編集者の目2020年1月31日

野村資本市場研究所 執行役員 関 雄太

米国のリテール投資サービス大手チャールズ・シュワブ(以下シュワブ)が、2019年10月に米国及びカナダの上場株式・ETFのオンライン・モバイルアプリ経由での取引手数料を無料化したことが衝撃を呼んでいる。直後に、他の主要オンライン・ブローカーも相次いで取引手数料無料化に踏み切ったこともあり、「競争激化がここまで極まったのか」「今後の証券業界はどうなってしまうのか」という反応が一般には広まっているようである。

しかし、投資家向け資料や広告・メディア報道を見る限り、当のシュワブ自身にはそうした切迫感はまったくなく、むしろ創業者チャールズ・シュワブ氏が掲げた理念「すべての人に投資へのアクセスを」にようやく到達できるという高揚感に満ちあふれている。シュワブの「ゼロ・コミッション宣言」は2019年に起こした革命ではなく、10~20年に及んだ長い構造改革の完了宣言と解釈すべきなのであろう。

シュワブが取り組んできた改革は幅広いが、中心的な取り組みとそれぞれの改革の意義は下記の3点に集約できよう。

第1に、資産運用・管理フィーを収益源として確立したこと、しかも多面的なフィー獲得手段を構築したという点である。ラップ口座など投資一任契約以外のフィー獲得手段の代表例はファンド・マーケットプレイス事業『ワンソース』で、2000本以上のファンドをプログラム上に揃え、投資家からの販売手数料・乗り換え手数料を無料化する一方、シュワブは運用会社から口座管理手数料としてフィーを得る仕組みを確立している。また、グループの中核事業会社のひとつであるシュワブ・インベストメント・マネジメントはマネーマーケット商品やETFに特化した運用会社であり、運用報酬料率は低く設定しつつも、自社ファンドを投資家に選択してもらえれば運用報酬が丸ごとグループの収益となる構造を作っている。

第2に、自社チャネルと仲介・カストディチャネルのディストリビューション体制を形成し、顧客資産の獲得ペースを早めたことである。特に仲介・カストディ事業を行うアドバイザー・サービス部門は、米国ウェルスマネジメント業界で勢力を増すRIA(登録投資アドバイザー:小規模な独立系投資顧問・投資助言業者)を顧客として成長、管理資産は約1.9兆ドルにまで増大している(シュワブの顧客資産全体は約4兆ドル、いずれも2019年末時点)。マスアフルエント層を中心顧客とする自社チャネルに対し、RIAの顧客は富裕層で、部門間のカニバライゼーション(食い合い)が起きていないことも注目される。

第3に、預金関連ビジネスを強化したことである。銀行子会社チャールズ・シュワブ・バンクは、シュワブのブローカレッジ口座保有者に満期金・待機資金などの置き場所となる預金を提供し、その残高は現在約2100億ドルとなっている。一部は貸出にまわるが、ほとんどはMBS(住宅ローン担保証券)など有価証券で運用されており、預金金利と運用利回りの利ざやが収益源となる。純金利収入がシュワブの収益全体の約60%を占める現在の状況は、さすがに長期的に維持できないと考えられるが、預金と投資サービスを融合させたことはシュワブの改革のひとつとして特筆されるべきものであろう。

さらに、これらの改革がすべて、シュワブが単なるオンライン・ブローカーから完全に脱却し「デジタル×コールセンター×対面」という3層のマルチプラットフォームを構築したことによって成り立っている点も見逃してはならない。

いずれにせよ、構造改革の結果として、シュワブのコミッション収入依存度は、2019年には収益全体の7%前後にまで低下していた。取引手数料無料化の裏側で、着実な成長を可能とする顧客ベースと多様な収益獲得手段を整備していたことがシュワブの「革命」の本質ではないかと考えられる。

ゼロ・コミッションで「顧客アクセスの拡大」「顧客資産の極大化」という大目標に向かって走るシュワブは、2019年11月にTDアメリトレードとの統合を発表し、さらに大きなプラットフォームを構築することになった(統合は2020年前半に完了予定)。ベビーブーマー層の金融資産獲得で激しい競争を繰り広げるフィデリティやバンガードの動きと合わせ、米国リテール投資サービスの改革と今後は、日本の金融ビジネス関係者にとって大きな示唆を持っていると言えよう。

[参考文献]
  • ・岡田功太・下山貴史「チャールズ・シュワブの経営理念と事業戦略」『野村資本市場クォータリー』2019年秋号
  • ・岡田功太・下山貴史「フィデリティの信託報酬ゼロ戦略と米国資産運用業界のメガトレンド」『野村資本市場クォータリー』2019年春号
  • ・関雄太「投資サービスの『プラットフォーマー』を志向する米国金融機関」『財界観測』編集者の目(2018年11月30日)
  • ・関雄太「再評価されるチャールズ・シュワブ」『野村資本市場クォータリー』2006年冬号 など

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