アベノミクス7年間の通信簿、GPIF改革に学ぶ

編集者の目2020年2月3日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津 政信

アベノミクスが始まって7年が経過した。本稿では、この7年間の安倍政権による経済運営を評価し、今後に向けていくつかの提案をしてみたい。

第1に評価できるのは雇用の拡大、長期にわたる景気拡大である。就業者数(季節調整値)は2012年12月の6,263万人から19年12月の6,782万人へと519万人増えた。これは日本銀行にリフレ派の黒田東彦総裁を据え、量的金融緩和政策により、1ドル=86円台の円高を一時1ドル=124円台、今日でも1ドル=109円台と為替レートを適正化し、日本の立地競争力の回復を図ったことが奏功していよう。金融政策で雇用拡大を図ることができたという点は評価されて良い。加えて、16年、19年と世界経済が大きく減速する局面では、財政政策を活用し内需拡大を図ったことも見逃せない。輸出減から製造業が不況期入りした局面でも、内需拡大策により非製造業・サービスセクターが底堅く推移し、全体が不況期入りせずに済んだことは大変良かった。

第2に評価できるのは、コーポレートガバナンス(企業統治)改革と企業業績の拡大、株価の持続的な上昇である。経済産業省は「持続的成長への競争力とインセンティブ」という有識者会合(座長:伊藤邦雄現一橋大学特任教授)を立ち上げ、14年8月に報告書を取りまとめた。その骨子は、8%を最低ラインとして中長期的にROE(自己資本利益率)向上を目指す「日本型ROE経営」の推進であり、企業と投資家による建設的で質の高い「対話・エンゲージメント」の重視であった。こうした改革は景気回復と相まって、企業の稼ぐ力を回復させ、同時に自社株買い等の株主還元策を促進させ、株価の持続的な上昇に繋がっている。すなわち、ラッセル/野村大型株ユニバース(333社)の連結経常利益は12年度には26.5兆円に過ぎなかったが、20年度には50.4兆円、1.9倍となる見通しだ。この間、日経平均株価は12年末の10,395円から19年末の23,656円まで2.28倍となっているが、利益増が大きな株価上昇を支えていることが分かる。

第3はこの株価の上昇を味方につけたGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)改革の成功だろう。厚生労働省は「公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有識者会議(座長:伊藤隆敏現政策研究大学院大学教授)」の提言に従い、安倍政権が目指すデフレからの転換という運用環境の変化に対応し、14年10月にGPIFの基本ポートフォリオを大きく変更した。すなわち、国内債券の比率を60%から35%に下げ、国内株式、海外株式の比率をそれぞれ12%から25%に引き上げた。また、短期資産をゼロにし、海外債券の比率を11%から15%に引き上げた。当時大きな論争を呼んだが、その後の日本国債利回りの低下と内外株式の上昇を考えると、正しい変更であったと評価される。名目運用利回りは14-18年度累計で22.57%、年平均4.51%であるからだ。

一方、課題も当然ながらある。第1に2%の物価安定目標が達成されていない。原油価格が米国のシェール・オイル革命で1バレル=100ドルから今日50-60ドルに大きく下がったことはあるが、失業率の低下の割に賃金が上昇しない、サービス価格の上昇が鈍い等が関係し、消費者物価指数の前年比上昇率は0.5-1%程度にとどまっている。

第2に潜在成長率が高まっていない。「日本経済中期見通し2020」(経済調査部)によれば、潜在成長率は16-20年で年0.9%と11-15年の年0.8%からわずか0.1%ポイントの上昇にとどまっている。法人税率の引き下げ、訪日外国人の大幅増加等成長戦略でも成果が出ているものはあるが、各種規制改革が十分ではないからだろう。特に、労働市場の流動化が不十分で賃金上昇率が鈍く、雇用者増の割に所得の伸びが小さい点が消費の停滞に繋がっている。また、サービス価格が低すぎる問題もあろう。ホテル代にしてもスポーツの観戦料にしても、デイズニーランドの入園料にしても欧米に比べ割安だ。サービス産業の生産性の低さはたぶんに価格付けが安いことに由来していそうだ。

したがって、上記の課題を克服することがアベノミクス2.0と言って良いのだろう。すなわち、労働市場の弾力化と賃金上昇率の引き上げ、情報化・デジタル化に向けた設備投資の拡大、おもてなしに見合うサービス価格の引き上げ等だ。加えて、ここまでのアベノミクスの成果を国民一般に行きわたらせることもあって良いだろう。

それは、個人金融資産の活性化、運用利回り上昇である。さきほど、デフレからの転換に合わせたGPIFのポートフォリオ変更が上手くいっていると述べた。いよいよ、GPIF改革に学び、個人金融資産1,860兆円のリスク資産比率の上昇を考える時期であろう。19年12月も述べたように、企業の稼ぐ力が回復し、株主還元が強化され、株式数が減少する中で日本株式の期待リターンは年5.5%ほどに上昇してきている。個人金融資産の中で株式の比率を10-20%引き上げれば、個人金融資産の運用利回りは年0.5-1%上昇しよう。そうすれば、年間9-18兆円の所得増、消費増に繋がりうる。投資教育の強化と同時に確定拠出年金等への税制優遇措置の強化など、日本株が長期投資に堪えられるようになったことを将来に向けて活かすことが大事であろう。

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