自動車との利益差を縮小する電機・精密セクター、その意味を読み解く

編集者の目2020年3月6日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津政信

電機・精密セクターが利益を伸ばし、自動車セクターとの利益差を縮小する動きを見せている。今回のコラムでは、その背景を探り、将来見通しに触れ、日本産業にとってどういった意味を持つか考えてみたい。

まず、数字を追ってみよう。ラッセル野村大型株ユニバース333社のうち、自動車が完成車、自動車部品、タイヤ合わせて19社。電機・精密が産業用エレクトロニクス、民生用エレクトロニクス、電子部品、半導体製造装置、精密・フィルム、その他産業用電機合わせて38社。合わせて57社、社数では17.1%を占めるにすぎないが、連結経常利益では2018年度実績で自動車が13.2%、電機・精密が11.7%、合わせて24.9%、金融を含む全産業の4分の1を占める2大産業である。

そして、過去10年間で自動車と電機・精密の連結経常利益の差が最も開いたのが15年度で、自動車を100にして電機・精密が39であった。この年度は日本銀行の金融緩和政策が1ドル=120円という円安に繋がり、かつ海外市場が好調で自動車セクターが7.6兆円という空前の過去最高経常利益を記録した一方、電機・精密セクターが構造改革の途上にあり、3.0兆円という低調な連結経常利益に留まっていたのであった。当時、好調な自動車、不振の電機のコントラストに、人々はバランスの悪さを嘆いていたように思い出される。

ところが、18年度になると自動車セクターが円安の一巡と海外市場のピークアウトから連結経常利益6.4兆円とやや利益を落とす中、電機・精密セクターが構造改革の成果と半導体市場の好調などから5.6兆円まで連結経常利益を伸ばし、自動車を100にして電機・精密が89まで急速にキャッチアップしたのである。

この電機・精密セクターのキャッチアップの背景にあるのは何か。第1は構造改革の成功であろう。具体的には、東芝が構造改革の成功で赤字から黒字に転換したのに加え、ソニーが構造改革の成功と半導体事業の好調から利益を急増させている。ここで東芝の構造改革とは原子力事業の売却であり、半導体事業の切り出しである。ソニーの構造改革はエレクトロニクス事業の縮小と半導体事業、ゲーム事業の拡大、いわゆる選択と集中の成功である。

第2は半導体市場の好調の恩恵であろう。ソニーの画像センサーがスマートフォンのカメラが複眼化する中、不況知らずの高成長を続けていること及び15年当時不況の淵にあった東京エレクトロンなどの半導体製造装置が、アマゾン・ドットコムやマイクロソフトなどの米系プラットフオーマーによるデータセンター投資拡大などの恩恵を享受し、利益を伸ばしていることだ。

この電機・精密セクターのキャッチアップは20年度にも進むことになろう。それは、5G(第5世代移動体通信)の基地局投資の拡大、5Gスマホの成長、データセンター投資のさらなる拡大と成長要因が目白押しだからである。このため、画像センサー、NANDフラッシュ、高周波フイルター、積層コンデンサーといった半導体・電子部品が成長するのに加え、半導体製造装置が再成長しよう。20年度に電機・精密セクターの連結経常利益は拡大し、自動車セクターとの利益差をさらに縮小する見通しだ。新型コロナウイルス感染者増により春節前後から停止した中国のエレクトロニクス関連供給網は、中国での感染者増の鎮静化とともに再開され、20年3月末から4月にかけて正常化してくるものと予想される。20年度の事業拡大には大きなネックとはならない見込みだ。

それでは、自動車セクターの利益は構造的に停滞が続くのか。それは避けられると見ている。第1に、18年、19年、20年と3年連続で世界販売台数は縮小が見込まれるが、21年には中国など新興国市場が回復に転じ、CO2排出規制で車両価格が上がり販売が縮小している欧州市場が21年には縮小幅を縮めると予想すること。第2に、ホンダ、日産自動車の構造改革が進み、固定費の圧縮が利益の回復につながると見られるからだ。また、HV(ハイブリッド車)、EV(電気自動車)などの電動車の日本企業の競争力は高く、米国企業にはもちろん、ドイツ企業との競争にも負けるとは考えにくいからである。もちろん、自動運転車での競争力も長期的には問われてこようが、25年あたりまでの時間軸では、電動車での競争力が重要と考えられる。

このように、自動車セクターの強みが維持されている間に、電機・精密セクターの復調が本格化し、バランスのとれた産業体制に戻るとすれば、日本の産業競争力の維持に資することになろう。株式市場にとってもプラスになるはずだ。

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