プライベートエクイティ投資の領域拡大とコロナ時代の社会課題への対応

編集者の目2020年6月1日

野村資本市場研究所 執行役員 関 雄太

米航空宇宙局(NASA)は、スペースシャトルが退役した2011年以降、米国内の施設から宇宙飛行士を宇宙に送り出してこなかったが、2020年5月30日、スペースX社の開発した「クルードラゴン」打ち上げにより、有人宇宙飛行を再開した。Demo-2と呼ばれる今回のミッションは、民間企業による宇宙ロケット開発が新しい段階に入ったことを示す意義を持っているが、ビジネスや投資の世界から見ても、大きなインパクトを持つイベントになったと評価できよう。なぜなら、2002年の創立以降20回以上の資金調達を行い、さまざまな投資家の出資を集めてきたベンチャー企業であるスペースXが、従来は国家事業であったロケット打ち上げ・有人宇宙飛行を、NASAを最大顧客の一社として収益化するビジネスについに仕立ててしまったからである。

この出来事は、さまざまな社会課題の解決やイノベーションの実現に対して、広義のプライベートエクイティ投資の手法やプレイヤーがいかに有効であるかを象徴している。つまり、技術やイノベーションの種(シード)を、社会やライフスタイルに影響を与えられる段階まで大きく育て事業化するには、非常に大きなリスクと資金、長い時間、有能かつ熱意ある人材が必要となる。国家財政のリスク負担能力が低下し、銀行ローンなど間接金融の手法では到底支えることができないなか、エクイティ性の資金がどうしても必要だが、四半期や一年単位で業績を評価される上場株式会社やファンドマネージャーでは損益曲線が長い「Jカーブ」を描く投資にコミットすることが困難で、伝統的なベンチャーキャピタルも充分な金額の資本を拠出できない可能性がある。期待されるのは、すでに成功して財を築いた起業家などの「ペイシェント・リスクマネー」の出し手、投資家とイノベーションの各段階を適切に結びつけるプライベートエクイティファンドと、エグジット及び再投資の機会を提供する上場・非上場の資本市場ということになる。

実際、上記の仕組みを最も多様かつ分厚い形で構築しつつある米国では、プライベートエクイティ投資が活躍する領域は急速に拡大しており、宇宙ビジネス以外にも、アグリテック(農業)、フードテック(食料)など、かつては民間企業が手がけることが想定されていなかったような分野で、活発な起業と投資が発生している。

問題の深刻さと、解決には気の遠くなるほど大きなリスクマネーが必要になるという意味では、現在、世界が直面している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)との闘いほど大きな社会課題はないだろう。ワクチンに限ってみても、国際機関「予防接種のための国際金融ファシリティー(IFFIm)」が加盟先進国からの将来の政府開発援助(ODA)資金を償還財源とするワクチン債を発行しているが、この取り組みはワクチンを大量・早期に生産し、世界中に届けるための資金を供与するもので、ワクチン自体の開発に必要なエクイティ資金を供給する仕組みはまだ十分とはいえない。そうした中、世界で最も積極的にCOVID-19ワクチンの開発に資金供給している「投資家」が、ビル&メリンダ・ゲイツ財団である。同財団は、言うまでもなくマイクロソフトの株式売却益あるいはビル・ゲイツ氏の個人財産の運用益を活用してWHO(世界保健機関)やIFFIm、医療研究機関などに多額の寄付・助成を行っており、その累計額は先進国の国際貢献予算をしのぐとされる。また、財団の基本財産の約半分は、ウォーレン・バフェット氏が2006年に寄付した数百億ドル相当のバークシャー・ハサウェイ株式で構成されており、ゲイツ財団による社会貢献投資の余力は、投資会社であるバークシャーの企業価値に相当程度、連動していることになる。

コロナ危機によって、戦後70年以上、WHOなどの活動を支えてきた国際協力体制の動揺が明らかになる中で、人類社会の重大問題を克服するためにリスクマネー投資家と資本市場の役割がむしろ重要になっていることを認識する必要があるだろう。

[参考文献]
  • ・Bill Gates "The Best Investment I've Ever Made", The Wall Street Journal, January 16, 2019
  • ・江夏あかね「新型コロナウイルス感染症とサステナブルファイナンス」『金融・資本市場動向レポート』(2020年5月12日)
  • ・竹下智「「起業家の宇宙時代」を支える新産業育成の仕掛け-Xプライズ、NASA、ルクセンブルクの事例-」『金融・資本市場動向レポート』(2020年5月8日)
  • ・竹下智「「農業・食」×「IT」×「金融」が描く未来-AgriFood TechとFinTechを融合するスタートアップ-」『野村資本市場クォータリー』2019年夏号

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