経済と企業業績のデカップリング

編集者の目2020年6月12日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津 政信

2020年初頭まで半年時間を遡ろう。手許にある1月20日発表のIMF(国際通貨基金)の「世界経済見通し」は、世界の実質GDP成長率(前年比)を2020年3.3%、2021年3.4%と予想していた。これが4月14日発表の「世界経済見通し」では、2020年-3.0%予想と6.3%ポイントの下方修正である。もちろん、2021年は5.8%予想と好転を見込んでいるが、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な大流行)で、2020年の見通しは暗転した。リーマンショックから10年余り、近年では熱すぎず、ぬるすぎず、ちょうど良いという意味でゴルディロックスと呼ばれた適温経済は、コロナ危機により突然退場を余儀なくされた。

さて、今回のコロナショックとリーマンショックの日本経済への影響を比較してみよう。6月8日発表の野村の日本経済見通しでは、2020年の実質GDP成長率(前年比)は-5.6%でリーマンショック時の2007年から2009年にかけての実質GDP成長率の-6.5%とほぼ同じ減少率である。新型コロナウイルス感染症を抑え込むため、政府が緊急事態宣言を発出し、経済活動を止めたために4-6月の経済の落込みが大きくなり、7-9月以降回復しても4-6月の落込みを補いきれないとの予想になっている。リーマンショックの時は経済活動を止めたというより、金融危機でクレジットや各種ローンが使えず、需要の蒸発が急ピッチで進んだことで落ち込んだ。どちらも世界同時に起きたため個人消費、輸出、設備投資の減少が大きなマイナス成長をもたらすことになった。

それでは、企業業績はどうか。企業業績の落ち込みはコロナショックのほうがリーマンショックより小さくて済むと判断している。すなわち、経済と企業業績のデカップリングである。6月8日に2019年度決算を踏まえ野村の日本企業ボトムアップ業績見通しが発表されている。それによると、ラッセル野村大型株ユニバースの2020年度の連結経常利益は5月31日時点で前年度比2.5%増益予想となっており、それをもとに堅調な企業業績を主張しているわけではない。残念なことに、2019年度はコロナ禍の中で上場企業の決算発表完了が大幅に遅れ、アナリストによる業績修正も遅れたことが関係していよう。最終的には、今後下方修正が行われ、20%程度の減益予想になったとしても驚かない。しかしそれでも、2019年度と合わせ40%程度の減益であり、リーマンショック時の2008年度の80%減益と比べると小さいと考えられるのである。

どういうことか、以下3つの違いを指摘したい。第1に、通信・インターネット、ハイテクセクターの業績はコロナ禍でむしろ後押しされる側面があることだ。テレワークの拡大、電子商取引の拡大、5G(第5世代通信)・データセンター用半導体・製造装置の成長などが追い風になる。
第2に、リーマンショック時は、サブプライムローンなどの証券化商品の大幅値下がりなどで金融セクターには赤字に陥る企業が相次いだが、コロナショックでは各国中央銀行の政策対応も迅速で、新興国企業向け貸出の焦げ付きリスクには留意が必要だが、堅調な業績が維持されよう。
第3に、リーマンショック時には自動車ローンが使えず、日系自動車メーカーにとって最重要市場であった米国の自動車販売が2007年の1,615万台から2009年には1,043万台まで減少し、自動車セクターの経常損益は赤字に陥ったが、今回は2020年の自動車販売が減少しても1,410万台止まりとみられ、赤字化する見通しにはない。
そのほか、今回減便、休業要請などで大きな打撃を受けている空運、鉄道、ホテル、飲食、レジャー業界などは空運、鉄道を除き上場企業が少ないことなどもあろう。

加えて、ワクチン開発が通常よりも早く、年内にも大量供給が始まる可能性が出てきている。ワクチンの実用化はビジネスマインド、消費者マインドを明るくし、2021年度業績のV字回復の可能性に繋がろう。株価は日米で足下乱高下しているが、水準が高いのは中央銀行の流動性供給や長期金利の大幅低下などと合わせ、2020年度企業業績の堅調予想、2021年度企業業績のV字回復期待が支えている面がありそうだ。

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