これを機により良い世界を作り上げよう

編集者の目2020年6月18日

野村證券金融経済研究所 所長 許斐 潤

「コロナ後の世界」の展望が盛んに語られている。3~4月の日本経済新聞をサッと眺めただけでも「サピエンス全史」のユヴァル・ノア・ハラリ氏(3/31)、ミッテラン仏元大統領の顧問だったジャック・アタリ氏(4/9)、「銃・病原菌・鉄」のジャレド・ダイアモンド氏(4/14)を含む世界中の論客、学者、企業経営者が自らの世界観を語っている。我々、金融経済研究所でも4月にリサーチ各部の責任者クラスで緊急のワーキンググループを立ち上げ、「コロナ後の世界」を議論した。その成果の一部は、我々のチーフエコノミストである美和卓の「コロナ後の世界-マクロ経済・社会構造に予想される変化」(5/12)、エクイティ・リサーチ部のアナリストらによる「産業アウトルック-コロナ後の事業環境の変化を見据えた投資視点」(6/5)といったレポートにまとめられている。筆者もワーキンググループの議論に参加し、そこで触発された内容から筆者なりの「コロナ後」を論じてみたい。これから実際に起こる変化には良いものも悪いものもあるだろうが、筆者が意識したのは、「どうせだったら、これを機により良い世界を作り上げよう」という視点である。新型コロナウイルス対策で名を馳せた米ニューヨーク州のクオモ知事は、「Build back better (再建はよりよいものへ)」と述べている。

在宅勤務が定着すると通(痛)勤を前提とした生活でなくてもよいので、自然豊かな郊外で生活するというライフスタイルが勢いづくと言われる。制度的に用意されたセーフティネット(医療や生活扶助)だけでは心許ないので、家族同士で助け合うという価値観が復活、核家族化が逆転して複数世代や親戚との同居が進むかも知れない。働き盛り世代は夫婦ともに在宅でテレワーク、家事・育児負担が同居家族に分散できるなら女性も思い切って仕事に専念でき、日本特有の女性のハンディキャップが解消されて業務成果を上げ、女性活躍、重要な役割への進出が一層促進され得る。世帯年収にもプラスの効果があろうし、心身とも健康な生活を取り戻した夫婦では出生率の向上が期待できるかも知れない。

当然ながら、この流れは東京一極集中の逆転、地方創生へとつながる。我が国に限らず、今回のコロナ対策では、中央政府と並んで地方行政の長が地域の実態に根差したリーダーシップ、卓越したコミュニケーション能力を発揮したことが印象的であった。これは、長い目で見れば中央政府と地方の力関係の変化、地方分権が実質的に増進する契機にもなり得る。さらに事態が進めば、超長期的に道州制や連邦的国家構造、国土計画の再考などにも発展していく可能性があろう。

視点を変えて、企業経営にはどんな影響があり得るだろうか。すでにコロナ前からSDGs(持続可能な開発目標)、ESG(環境・社会・ガバナンス)、ステークホルダー重視といった流れが出来つつあった。コロナ禍を経て人々の価値観が会社中心から個人・家族中心にシフトするなら、会社は今以上に従業員にとっての価値を提示しないと、優秀な人材の留保・採用の困難に陥りかねない。株主・投資家の立場からも、価値創造の原動力である優秀な従業員を惹きつけられなければ長期的な企業価値創造は覚束ない。私見では、企業が従業員に提示できる価値は単なる処遇などの条件ではなく、崇高な理念、開放・公正・誠実といった文化の共有、自己実現・成長機会の提供ではないか。真っ当な常識人が躊躇なく受け入れ、賛同・共感できる「徳」のようなものを備えた会社に若い優秀な人が集まるのではないかと思われる。テレワークが常態化するので、カリスマ的覇気や物理的な場の空気感で価値を共有するのではなく、普通の言葉と組織としての実践で共有できる「徳」を備えた会社に人が集まり、協働して、価値が生まれる-これが「よい会社」の定義になる世界がくるのではないか。

最後の議論は賛否が大きく割れよう。コロナ対応の都市封鎖・経済活動凍結で失われた所得、雇用、企業の資金繰りを補うため、世界中でGDP(国内総生産)の10%超規模の緊急経済対策が打ち出された。その財源は公債で賄われ、目先は中央銀行が資産買い入れプログラムでファイナンスしている。金融危機後の10余年が格差拡大の加速した時期であったとすると、コロナ禍後の10数年は格差是正に展開することが求められる。第一に、今回の緊急経済対策の目玉となった、資格要件を問わない個人への現金支給は、いわゆるユニバーサルインカム論の嚆矢と位置付けられることになるかも知れない。
第二に、経済対策のために嵩んだ国の借金はいつか返さなければならない。コロナ禍収束・正常化後には大幅増税局面に入るのではないか。所得・資産に対して急進的な累進課税なら格差是正に資する。或いは、大規模な炭素税を導入すれば、地球温暖化対策にもなる。

そのほかデジタル化や、利他主義など進展も重要だろう。以上は、現時点ではいずれも筆者の「妄想」だが、これらの一つでも二つでも実現させて、正しい未来を築いていきたいものである。

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