EU復興基金実現に動くドイツ

編集者の目2020年7月9日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津 政信

7月はドイツのメルケル首相の動きに目が離せない。7月2日、EU(欧州連合)の行政執行機関である欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長とオンライン記者会見に臨んだメルケル首相は、「欧州は歴史上で最も困難な状況にある。夏の間に合意を成立させる必要があり、別の結果は考えられない」と訴え、新型コロナウイルス感染症で深刻な打撃を受けた国々の支援を目的とするEU復興基金の早期承認に向け、EU加盟各国政府に歩み寄りを求めた。それは、7月17-18日に予定されるEUの臨時首脳会議で総額7,500億ユーロ(日本円で約90兆円)のEU復興基金の詳細を議論し、結論を得る段取りになっているからだ。

新型コロナウイルス感染症が欧州を襲ったのは、2020年2月下旬。最初は北イタリアのミラノ周辺から始まった。ミラノのファッション界を裏方で支えるのは、主に中国温州出身の華僑であり、イタリア人がデザイン、中国華僑が織物、縫製を担い、メイドインイタリーで世界に輸出していることで分かる通り、中国との関係が深い北イタリアから始まったのは当然の事であったろう。3月に入ると瞬く間にフランス、スペイン、ドイツ、さらにイギリスに感染は広がり、3月中旬から強力な都市封鎖を行い、感染拡大が収まった5月中旬以降都市封鎖を解除し、徐々に経済を再開し今日に至っている。ただ都市封鎖の代償は大きく、欧州主要国の20年の実質GDP成長率は財政刺激の大きいドイツ以外は軒並み10%以上のマイナス成長が予想されている。

そうした中で出てきたのが2021年以降の回復を担うEU復興基金案である。具体的には、5月18日にドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領がビデオ会議を行い、その後のビデオ会見で、5,000億ユーロ規模の復興基金で合意したと発表した。欧州委員会はこの独仏案をベースに5月27日に7,500億ユーロの復興基金案を発表。基金のうち5,000億ユーロは返済義務のない補助金、2,500億ユーロは返済義務のある融資とする形だ。欧州委員会案では、20年の経済の落込みが大きい一方財政余力の乏しいイタリアやスペインへの資金配分が大きく、この基金を活用すれば財政余力の乏しい両国も経済復興に繋げることができるため、関心が高いのである。

翻って、私はこの編集者の目で2回、財政政策を巡りドイツのメルケル政権を批判してきた。1回目は19年3月で、ドイツ経済の減速を取り上げた上で、「ユーロ圏の共通予算を創設し、ドイツが率先して金庫からお金を出し南欧諸国にインフラ投資の形でケインズ的な政策をとれば、イタリアに反ユーロ政権などできなかったかも知れない」と述べた。2回目は19年10月でドイツ経済の長引く低迷を取り上げた上で、「所得減税、公共投資拡大などにより、個人消費、インフラ投資を増やすことが望まれる。G7(主要7か国・地域)の中で唯一財政収支が黒字のドイツには財政余力がある。今こそ財政政策を活用する時期だ」と主張した。
新型コロウイルス感染症による経済の悪化を放置すれば、EUの結束が保てなくなるとのメルケル首相の危機感は強く、今回は本気だと感じる。オランダ、オーストリア、デンマーク、スウェーデンのいわゆる倹約4カ国を説得し、EU復興基金の設立に漕ぎつけられるか、大いに注目される。

もし実現すれば、欧州統合後最も画期的な合意の一つになるだろう。EU復興基金は欧州財務省設立とイコールではないが、基金の財源はEU予算の引き上げによって賄われることになっているからだ。現在のところ、EU予算は加盟国の国民総所得総額の1.23%が上限とされているが、欧州委員会案では、これが2%まで引き上げられる。すなわち、欧州財政統合に近づき、ユーロ買い戻し、欧州株にもプラスになろう。特に、基金の使い道として環境保護とデジタル化の促進が挙げられているため、関連株投資が盛んになる可能性がある。

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