さらに高次元で競争激化する米国リテール投資サービス業界

編集者の目2020年9月30日

野村資本市場研究所 執行役員 関 雄太

米国のリテール投資サービスは、60万人強の登録外務員、約3,500社の証券会社、1万5,000社を超えると言われるRIA(登録投資アドバイザー、個人を顧客とする独立系の小規模投資顧問会社)が入り乱れて、金融業界の中で最も活発にM&A、アンバンドリング(製販分離、FAの大手機関からの独立)、リバンドリング(銀・証融合、オンライン=オフライン融合)が起きているサブセクターである。

その中で、プラットフォーマー的なアプローチによって成長を続けてきたチャールズ・シュワブ(以下シュワブ)は、2019年10月にゼロ・コミッション宣言、続いてTDアメリトレードの統合を発表し、業界全体に衝撃を与えた。TDアメリトレード統合(2020年中に完了予定)が実現すれば、ブローカレッジ口座数2,500万件、顧客資産5兆ドル超の『メガ証券』が誕生することになるからである。この時点では、シュワブとフィデリティによる『2大プラットフォーマー』時代の到来が強く意識されていたと考えられる。

ところが、2020年に入って、競争環境はさらに大きく変動し始めている。注目すべき動きの第1は、対面による富裕層向けの総合的なアドバイスにフォーカスするビジネスモデルを追求してきたモルガン・スタンレーが、オンライン中心のブローカレッジ・ハウスであるEトレードの買収を決めたことである。近年、米国リテール投資サービス業界では、顧客セグメント(投資可能資産の規模)やサービスのレベルによる二極化が進んでおり、一方でシュワブやフィデリティがRIA向けのカストディサービスを提供することによって、マスアフルエント層(大衆富裕層)から富裕層までの広範な顧客を直接・間接にカバーするビジネスモデル構築を目指していた。今回のモルガン・スタンレーの動きは、ある意味では同社が従来軽視してきた非対面・マスアフルエント領域に突然、領空侵犯を始めたことを示している。また、モルガン・スタンレーは、2019年にソリウム・キャピタルを買収し、非公開企業を含む法人の株式管理サービス・報酬管理システム事業に参入を遂げており(ソリウムはシェアワークスにブランド変更)、2009年にスミス・バーニーを統合して以来の大きな変革に挑戦しているといえよう。

第2の大きな動きは、新型コロナウイルス(以下コロナ)の感染拡大によって外出禁止令、給付金など多くの個人の生活に影響が発生する中、モバイルアプリ専業証券会社ロビンフッドが急拡大を遂げていることである。2013年に創業したロビンフッドは、1ドル単位で好きな銘柄の端株投資を可能とするなど、ゲーム感覚で投資ができる(しかも売買手数料は無料)ユニークなサービスを展開し、ミレニアル世代に支持されて成長してきた。コロナ危機と巣ごもり消費行動によって個人のブローカレッジ口座開設が米国全体で急増しているが、中でもロビンフッドは2020年に入ってから半年足らずの間だけで約300万件もの新規口座を獲得した。合計1,300万件に達したロビンフッドのブローカレッジ顧客の取引動向は、いまやハイテク銘柄を中心に米国株式市場の変動にも大きな影響を与えていると言われている。

一方で、シュワブとTDアメリトレードは、ブローカレッジ口座数では2020年1~6月期に2社合計300万件強の増加を記録し、空前の顧客拡大を享受しているものの、顧客の余剰資金・分配金などが置かれる預金を運用して得られる利ザヤ収入が、金融緩和政策の影響で縮小し、減益基調となっている。

もともと、米国においては投資信託・ラップ口座などプロのマネージャーに運用される個人金融資産の大宗を保有してきたベビーブーマー層の高齢化が進んでおり、5-6年以内にはベビーブーマー世代全体の金融資産は減少へ向かう可能性が高いと考えられる。今のところ、ロビンフッドを熱狂的に支持するミレニアル世代とシュワブやモルガン・スタンレーに資産を預ける投資家層のセグメントあるいはニーズは重なっていないと考えられるが、米国のリテール投資サービスの競争は新たな段階に突入したことは間違いない。その競争の本質が、手数料ではなく、顧客体験の創造と顧客目線でのサービス革新であることを、日本の関係者も十分に認識しなければならないだろう。

[参考文献]
  • ・チャールズ・シュワブ著/飯山俊康監訳・野村資本市場研究所訳「ゼロ・コミッション革命:チャールズ・シュワブの『顧客目線』投資サービス戦略」、金融財政事情研究会(2020年)
  • ・岡田功太「コロナ禍で加速する米国リテール証券業界のデジタル化」『野村資本市場クォータリー』2020年夏号
  • ・関雄太「投資サービスの『プラットフォーマー』を志向する米国金融機関」財界観測(2018年11月30日)

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