これから10年間の安定か、10年後のチャンピオンか

編集者の目2020年10月12日

野村證券金融経済研究所 所長 許斐 潤

去る10月8日に、筆者が運営に携わっている日本証券アナリスト協会の「証券アナリストによるディスクロージャー優良企業選定」が発表された。今年は業種別で18業種18社、新興市場銘柄3社、個人投資家向け情報提供3社、複数部門での受賞を調整して計21社が表彰された。今年は新型コロナウイルス(以下、コロナ)感染症拡大の影響で、企業側の決算発表のための作業や監査業務に大きな影響があったが、電話会議やオンラインの活用などの工夫により企業情報開示には後退が見られなかった。他方、アナリスト側も説明会や対面での取材が出来ず、また在宅勤務で業務環境に制約がある中で決算分析に加えて、この選定作業に協力して頂いた。当選定制度の主催者を代表して企業、アナリスト双方に深く感謝したい。

この「ディスクロージャー優良企業選定」は1995年にスタートし、今年で26回の歴史を有す。この間、日本企業のディスクロージャーの促進・向上に一定の貢献があったものと自負している。企業の決算分析に必要なデータの開示などは全般的に一定の水準に達しており、近年はコーポレートガバナンス関連や、ESG(環境・社会・ガバナンス)情報を含む非財務情報の拡充を促す方向に評価基準をシフトさせきた。特に今年は、中長期ビジョンやESG情報などを経営トップが自ら説明している会社が多く優良企業に選ばれたように思う。基本的な財務データの開示の有無から評価していた四半世紀前からは、正に隔世の感がある。

隔世と言えばコロナ禍という未曽有の苦境下にあることもあって、今年ほど「変化」という言葉を意識した年はなかった。しかし、実はコロナがなくてもデジタル化やESG、少子高齢化、消費市場の主役の世代交代、超低金利環境などの変化はこの数十年ずっと進行していた。こうした変化に向き合うことはもはや企業経営の必修科目で、どんな企業も免れることはできない。むしろ、選択肢は環境の変化に適応的に反応するのか、変化を自ら巻き起こしていくのかの二択であるように思える。世界に目を遣ると、退路を断って社運を賭けるような判断に達した例が散見されるようになってきた。独シーメンスは日本で言えば重電に該当する事業領域の会社であったが、医療機器部門、ガス・電力部門を切り離し、製造業のデジタル化支援に絞り込んだ事業を展開している。自動車では同じくドイツのフォルクスワーゲンや米ゼネラル・モータースが完全に電気自動車にフォーカスした戦略を打ち出している。直近では独ダイムラーがガソリン・ディーゼルエンジンへの投資を大幅に削減することが報道されていた。自動車業界では、年間販売台数37万台のテスラが今年7月に1,000万台以上を売るトヨタ自動車の時価総額で抜いたことは記憶に新しい。分野は違うが、カリフォルニア州を拠点とするデジタル広告のザ・トレードデスクは売上高19年12月期6.6億ドルであるにも拘わらず、業界大手のオムニコム・グループ(売上高19年12月期150億ドル)、WPP(同19年12月期132億ポンド、1ポンド1.3ドルで換算して172億ドル)を併せた時価総額よりも大きい。電気自動車やデジタル広告事業が、それを担う企業の売上・利益に反映されるまでには、これから10~20年を要するであろうが、株式市場はこれらの「変化の先兵」を非常に高く評価している。

翻って日本を見ると、我が国の主力企業が電気自動車やデジタル広告に熱心でないということはあるまい。しかし、この先10年の会社を支える現在の主力事業も重視し続けているに違いない。日本は現場が強い国であり、現場の使命は与えられた役割を寸分違わずきちんと遂行してくことである。経営トップも同じ会社の現場出身者が圧倒的だから、どうしても既存の業務に固着性がある。向こう10年の安定性を考えた場合、これは一概に悪いこととは言えない。ここで、胸に手を当ててよく考えなければならないことは、私達に在宅勤務やソーシャル・ディスタンシングなどもう起こってしまった変化には適応せざるを得ないが、それ以外のことはできればコロナ以前の世の中や仕事の在り方に戻って欲しいという気持ちはないだろうか、ということである。

今後、変化が常態化するという前提に立てば、変化は起きないと淡い希望を抱いたり、変化が少ない部分にしがみついたりするのではなく、変化の荒波に敢えて自らの意思で飛び込んで、むしろ自分流での変化を巻き起こす、という態度も考えてみるべきではないか。

手数料等やリスクに関する説明はこちらをご覧ください。