日本経済中期見通し2021
-リヴァイアサンの時代:コロナ禍で見えた「国家の力」が需要されるトレンド-
論文2020年11月24日
野村證券金融経済研究所 経済調査部 美和 卓、桑原 真樹、岡崎 康平、棚橋 研悟、髙島 雄貴、新井 真、伊藤 勇輝、大越 龍文
目次
- 1.はじめに
- 2.世界はリヴァイアサンの時代へ
- (1)国家の力…コロナ禍で見えたもの
- (2)「極低温」で上昇する命の価値
- (3)高まる国家の力への需要
- (4)ICTの活用拡大と国家の力
- (5)リヴァイアサンが動かす世界のテーマ
- 3.国土強靭化、PPP/PFI、デジタル・ガバメント
- (1)国土強靭化計画
- (2)PPP/PFI
- (3)デジタル・ガバメント構想
- 4.環境対策
- (1)論点1:環境政策が成長戦略に
- (2)論点2:「環境保護」主義か環境「保護主義」か、それが問題だ
- 5.テレワークと3つの格差
- (1)人手不足度合いの格差の拡大
- (2)利益率格差の拡大
- (3)賃金格差の拡大
- 6.全世代型社会保障改革の評価軸
- (1)政府が進める全世代型社会保障改革
- (2)全世代型社会保障改革の主眼は労働市場改革
- (3)改革推進には出生率引き上げが必要
- 7.MMT(現代貨幣理論)が破綻するとき
- (1)コロナ禍で進む財政・金融政策の一体化
- (2)MMT(現代貨幣理論)の正当性
- (3)MMTの前提条件はもとより破綻している可能性
- 8.閉鎖経済化のリスク
- 9.シナリオ別の中期経済見通し
- (1)世界経済の前提
- (2)原油価格の前提
- (3)シナリオ区分の考え方
- (4)メイン・シナリオ
- (5)ダウンサイド・シナリオ
- (6)アップサイド・シナリオ
要約と結論
- 経済活動を制限するロックダウンは、国民の命を守るために国民の権利を制限する「国家の力」そのものであった。コロナ禍で見えたのは、市場の力だけでは解決できない問題が注目されやすくなり、「国家の力」への需要が高まるトレンドだったと考えられる。コロナ後の世界は、ICT(情報通信技術)やサステナビリティ(持続可能性)の時代であると同時に、英国の政治哲学者ホッブスの言うリヴァイアサンの時代でもある。
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インフラ整備…市場が十分な量を提供できない「公共財」の典型がインフラであろう。大規模自然災害に備えるための国土強靭化計画や、PPP/PFIなどは長期的なテーマとなろう。デジタル・ガバメント計画の最終的な目標は、民間部門を含めた日本全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)であると考えられる。
環境対策…市場価格が真のコストを反映できない「外部不経済」の典型が、環境問題であろう。地球温暖化ガス排出削減のために必要な巨額な投資は、経済活動のコストとも、経済成長の糧ともとらえることができる。
所得格差、社会保障改革…市場機能は所得格差を妨げないため、国家による所得再分配が正当化される。所得格差が比較的小さい日本でも、今後DXとともに所得格差が広がるリスクがある。社会保障制度は所得再分配機能を担うが、政府が進める全世代型社会保障改革は労働市場改革を中心に据えており、やはり所得格差を拡大させるリスクをはらむ。
財政問題…所得格差が広がる世界では、財政支出に対する要請が高まりやすい。MMT(現代貨幣理論)は財政支出を正当化するが、一度インフレが発生した場合に必要な調整は非常に大きくなり得る。
国際関係…グローバリゼーションが生み出す所得格差や安全保障の問題を国家が解決しようとすると、閉鎖経済化が進む傾向があると考えられる。国内人口が減少する日本の成長にとってリスクとなり得る。 -
メイン・シナリオ…DX(デジタルトランスフォーメーション)投資と環境投資が進むが限定的。低成長・低インフレ継続。
ダウンサイド・シナリオ…DX投資が生み出す所得格差が社会不満を高め、ポピュリスト(大衆迎合)政策が採用される。財政拡張が部分的な資本逃避を引き起こし、成長率低下。
アップサイド・シナリオ…地球温暖化ガス排出削減目標と整合的な環境投資実施。コストが上昇するがDX投資本格化による効率化が相殺。高めの成長率が実現。