フィンテックからテックフィンへ

編集者の目2020年11月30日

野村資本市場研究所 執行役員 関 雄太

2020年11月18日、グーグルが電子決済アプリ「グーグルペイ」の刷新計画の一環として発表したデジタルバンキングサービス「プレックス・アカウント」が注目を集めている。2021年から正式導入される同サービスによれば、米国のユーザーは、グーグルペイから直接、提携金融機関(当初はシティグループなど11の銀行・クレジットユニオンが参加)のモバイル銀行口座の開設や管理ができるようになる。口座はあくまでも金融機関が維持するが、ユーザーとプレックス・アカウントのインターフェース、すなわちユーザー・エクスペリエンス(UX:顧客体験)は、基本的にグーグルのブランドのもとでグーグルから提供される。新しいモバイル銀行口座には、シティバンクの口座であれば「シティ・プレックス」といった具合に、名称に「プレックス」が付けられ、しかも口座維持手数料の徴収も最低残高の設定も許されないなど、金融機関はグーグルが定めた一定の基準を満たさなければならないという。

プレックス・アカウント構想は、2019年頃から米国で本格化してきた、GAFAによる金融関連サービスの取り組みのひとつと言える。同じ潮流に位置する動きとして、例えばアップルは、2019年8月にゴールドマン・サックス(以下GS)をイシュア(発行会社)として「アップルカード」の提供を開始した。また、2020年6月には、アマゾン・ドット・コム(以下アマゾン)が、これもGSとの提携により、アマゾンに出店する米国のマーチャント(販売事業者)に融資枠(クレジット・ライン)を設定する新たなプログラムの開始を発表している。

これらの新たな金融サービスは、GAFA自身がUXをコントロールしながら、既存の金融機関の機能やネットワークをいわば裏方として活用するという点で共通している。ちなみに、フェイスブックも、仮想通貨「リブラ」の取り扱いを目指すウォレット「カリブラ」とは別に、クレジットカード情報が登録された単一のシステムを通じてユーザーがフェイスブックの全てのアプリで決済できるようにする「フェイスブックペイ」の開始を2019年11月に発表した。これも、特定の銀行との提携ではないが、ペイパル、ストライプなどフィンテック企業を含む既存金融サービス業者からのサポートによって成立するサービスとなっている。

上記の潮流はすべて、「テックフィンの時代」の到来を象徴していると考えられる。すなわち、GAFAなどのテック企業が、銀行等のライセンスやシステムを持つことなく、テック企業のままで顧客に提供する価値(オファリング)の中に金融サービスを取り込んでいくという流れである。フィンテック・プレイヤーが、デジタル技術によって既存の価値の革新を目指す金融サービス業者であるのと比較すると、出発点あるいは立ち位置がまったく異なることになる。別の言葉で言えば、GAFAは、規制が厳格で、レガシーとなる店舗やミドル・バックオフィスを抱えなければならない銀行等を自らつくることは止め、顧客利便性とデータの極大化だけを追求し始めたと解釈することもできよう。

こうなると近年「ライバルはGAFA」「シリコンバレーがやってくる」と言ってテクノロジーの開発・導入やUXの改善に勤しんでいた大手金融機関も、戦略を修正する必要が出てくる。実際、GSはアップルカードやアマゾンのマーチャント向け貸出の裏側で与信を提供するばかりか、2020年10月にはバンキング・サービスを自らのプロダクトとして開発したい企業に口座管理システムや決済アプリを開発するためのソフトウェアを開放すると宣言した。事実上、自らの銀行機能を外部の業者に提供するバンキング・アズ・ア・サービス(BaaS)事業に乗り出したとみられる。テックフィンと既存金融サービスの今後の競争・共創関係の行方が注目されよう。

もうひとつの注目点は、テックフィンに対する規制の行方である。世界で最初に「テックフィン」を提唱したのは、ユーザー数12億人超の決済サービス「アリペイ」を運営するアント・グループであった。2020年11月上旬に予定されていたアント・グループの上海証券取引所・科創板への上場が延期された背景には、同社の金融関連業務(特に与信)の商品設計上の複雑さや金融システムへの潜在的な影響を踏まえ、金融規制の枠組みを適用すべきと考える規制当局の姿勢も指摘されている。今後は、米欧などでも、テックフィンの本質を見極めようとする動きが活発化していこう。さらに、中銀デジタル通貨(CBDC)が各国で導入・普及していった場合、法定通貨を保有できるスマートフォン上の「ウォレット」が、決済システムの中で重要な位置を占める可能性がある。今後、CBDCを踏まえたテックフィンの戦略、あるいは銀行・テックフィンに対する規制の枠組みが、金融のあり方を巡る議論の中心的な課題となっていくものと思われる。

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