資産間の収益率相関に着目した投資戦略

編集者の目2020年12月23日

野村證券金融経済研究所 所長 許斐 潤

ここ数年では、昔のようなはっきりした関係は見られなくなってしまったが、2016年までは円安と日本の株高は連動する傾向があった。日本全体の産業構造を見ると日本では製造業のGDPに占める割合は20%強程度だが、東京証券取引所第一部の銘柄構成をみると製造業は時価総額の53%(2020年11月末)を占めていた。殊に、電気機器15%、輸送用機器8%、機械5%など、輸出関連業種の比重が大きくなっている。つまり、日本の株価指数では輸出が拡大する局面で収益が拡大しやすい産業が大きな部分を占めているので、円安で輸出が伸びそうなら製造業が主導して株価指数が上昇しやすかった。これが「円安と株価の連動」の絡繰りだろう。近年は、製造業の企業努力により海外現地生産が進んだりグローバル・サプライチェーン(供給網)が複雑化したりしたことや、情報通信業など内需型産業の成長によって、「円安と株価の連動」従来ほどはっきりした傾向ではなくなってしまったけれども。「円安と株価」以外にも、「ドルと金の逆相関」、「日本の金利と株価の順相関」、「金利とドルの逆相関」など、投資対象となり得る主要な資産のリターン(収益率)には組合せによって比較的強い関係性があるものがある。そのそれぞれには上で解きほぐしたような理屈があって、それを解明できれば将来の資産のリターンを予測する強力な手掛かりになり得る。しかし、それを一つ一つ探求していくのは相当な労力のかかる難事業となる。例えば、ここに例として挙げた円、ドル、日本株、金、日本の金利という五つの資産だけを取り上げたとしても5×4÷2=10通りの「関係」があり、しかもそれらは時間の経過とともにダイナミックに変化している。

そこで、当社のクオンツ・アナリストが個々の資産間リターンの関係について、それぞれの実態経済的な意味合いや理由には踏み込まずに、数理的にどのような関係があるかを分析してみた。対象は内外金利、株式、信用(事業債やCDS<発行体の信用リスクを対象とする金融派生商品>)、不動産、商品、外国通貨など29資産として、過去5年間の週次リターンの組合せを分析したところ、これら29資産のリターンの変動の73%はたった五つの「傾向」で説明できることが分かった。この「傾向」とは、数理分析の専門用語では「主成分」というのだが、それ自体に実態経済上の意味があるわけではなく、ただ計算したらそのような強い関係性が五つ抽出されたということである。

ここで、当社のエコノミストや市場分析に携わっているストラテジストに、この「傾向」が何を意味しているのかを検討、議論して貰った。先の例でいえば、29資産それぞれの29×28÷2=406通りも関係を吟味しなければならないところ、似たようなものを集約したり、(数理的に)意味が薄いものを省いたりすることで五つにまとめたと考えればよい。五つの「傾向」のうち、最も影響力が強いものは「経済成長期待」と呼ぶべきものではないかということになった。これは世界のGDPとか製造業購買担当者景気指数といった具体的な指標を意味しているのではなく、成長期待という漠然とした市場心理を示している。続く三つの「傾向」は米、日、欧それぞれの「金融環境」で、中央銀行の政策や金利に反映されている市場の緩和度合いに対する市場参加者の感覚を体現しているとみられる。残り一つは担当者間で意見が分かれたのだが、ここでは代表的な意見の一つとして本邦投資家の海外投資志向とした。当社では、年4回、その時点から向こう3カ月で上の成長期待、金融環境、海外投資がどのような推移を辿るか予測し、それを基に逆に計算されるリターンから各資産の相対的な魅力度に沿った疑似的なポートフォリオを作成してきた。筆者は構想段階からこの作業のとりまとめを担当しているが、当該ポートフォリオは2017年の設定以来累積で29資産の等金額ポートフォリオに対して1.9%の超過リターンを生み出している。なお、この作業結果の具体的な内容は当社の出版物である「季刊 資産管理」に掲載されている。

さて、2020年12月第1週に行った作業で当社のエコノミスト・ストラテジストは、ワクチン接種が始まり経済再開が一層進捗し「経済成長期待」は高まるものと予想した。他方、経済再開のスピードは早く有力中央銀行が秋口に表明していた政策枠組みの見直しは、市場が期待しているほど緩和的ではない可能性がある。これは「金融環境」としては中立ないし(相対的には)緩和に逆行したとの市場心理を生み出しやすい。こうした環境判断の下、我々は向こう3カ月では先進国株式、不動産、エネルギーへの投資が魅力的だと考えている。逆に国内外債券、金などは低調な展開が予想される。この先、3カ月程度の投資期間を前提とした戦術的な資産配分の参考として頂ければ幸いである。

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