発想転換が求められる日本の国際金融センター論

編集者の目2021年2月1日

野村資本市場研究所 執行役員 関 雄太

「国際金融都市TOKYOの実現」を掲げた自民党の成長戦略(2020年6月)、「世界・アジアの国際金融ハブ実現」を示した政府の成長戦略(同7月)以来、数年ぶりに国際金融センターを巡る議論が活発化している。すでにさまざまな施策や誘致活動を行っている東京都に加え、大阪や福岡で構想策定や誘致活動にあたる官民チームの立ち上げの動きがあるほか、2021年1月には金融庁が拠点開設サポートデスクを開設するなど、具体的な動きも表面化している。とはいえ、気運が高まる契機であった香港=中国の関係やブレグジット(英国の欧州連合離脱)後のロンドンに関する報道への注目度に比べれば、国際金融センターが一般の関心になっているとは言い難いし、誘致活動に関わる官民の当事者自身においてすら違和感や戸惑いがあるようにも見受けられる。ある金融機関関係者が筆者に指摘した例え話を借りるならば「『あの山に登れ』と言われ皆で盛り上がっているのだが、実はその山の高さが3,000m級なのか7,000m級なのかがわかっていないので、ルートや装備が決められない」状況である。逆に、既にできることはすべてやったが国際的な評価に結びついていないという手詰まり感もあるかも知れない。

こうした違和感を乗り越え、実体の伴う取り組みに踏み出すためには、日本の市場関係者が初めて国際金融センター構想を掲げた約30年前の時代から、金融業が大きく変容したこと、それに伴い金融センターの条件や評価軸が変わってきたことを認識する必要があるだろう。

最も考慮しなければならないのは、金融センターの競争力が銀行・証券の集積でなく、資産運用業あるいはファンドマネージャーの集積によって評価されるようになっている点であろう。リーマン・ショック後のディレバレッジングと規制強化の影響もあり、伝統的な銀行・証券業の成長が停滞する中、アセットマネジメントやウェルスマネジメントのサブセクターでは運用資産が順調に拡大しており、ETF(上場投資信託)・ヘッジファンドの拡大やファミリーオフィスの台頭などイノベーションと多様化も進展している。実際に、日本と香港の金融業者数で最も差があるのが資産運用業者であり、日本の投資信託協会正会員数約200社、投資顧問業協会会員数約780社(一部は両協会に加盟)に対して、香港の登録資産運用業者は1,600社を超えている。シンガポールも、インセンティブ税制や新興運用会社支援措置など、大小の資産運用会社の誘致に注力してきた。すなわち、金融センター整備において支援の対象は、ほぼ常に投資家側に向けられている。ちなみに海外では、資産運用会社は必ずしも一極集中する傾向になく、地方創生やウィズコロナ時代の雇用拡大の文脈でも注目される。

資産運用会社が金融センターを評価する要因としては、新しい会社やプロダクト(ファンド)の創設が容易であることの他に、顧客・スポンサー(ファンドへの出資者)が多くいること、魅力的な投資先に出会える環境などが考えられる。その文脈で重要となっているのが、パブリック(公開・上場)とプライベート(私募・非上場)の両方で資本市場の活性化が必要という点である。上場企業への規制やガバナンスが強化され、インデックス投資の影響力が大きくなる中で、アセットオーナーの関心は、次のイノベーションを担う新興企業への投資機会、あるいは不動産・インフラを含む代替資産クラスに向かっており、多くの人材もこうした分野に集まりつつある。金融センターの競争力が取引所の規模だけで評価される時代は終わっているとも言え、エコシステム全体の活性化が不可欠である。米国や英国において適格投資家制度の拡充や、クラウドファンディング振興、非上場企業に投資する上場ファンド市場整備(英国ベンチャーキャピタルトラストと関連税制優遇など)など多様な私募市場活性化策が推進されていることは、国際競争の観点からも見逃せない。

また上記のように見てくると、1,900兆円を超える日本の個人金融資産の運用が高度化されること、年金など長期投資家も含めリスクマネー供給が活発化することは、国際金融センターとしての競争力強化、世界の運用会社からみた日本の魅力向上に直結することがわかる。暗号資産などのデジタル金融や、サステナビリティファイナンスの振興といった、新たなアイデアももちろん有益ではあろうが、「投資家」を基点にお金の流れを変え人材と経済を活性化するという観点から、日本が目指すべき国際金融センターの姿を再構築することがいま必要ではないかと思われる。

[参考文献]
  • ・岩崎俊博「時流:東京を世界のファンド・マネジメント・センターに」『野村資本市場クォータリー』2014年夏号
  • ・神山哲也・岡田功太・和田敬二朗「地方に立地する米英の資産運用会社」『野村資本市場クォータリー』2015年冬号

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