ミッション・ステートメント再考

編集者の目2021年2月15日

野村證券金融経済研究所 所長 許斐 潤

担当する管理業務に活用しようと、20年ぶりに2冊の本を紐解いた。アーサーアンダーセン[1997]は、一般的なミッション・ステートメントの要件を整理した上で、ミッション・ステートメントから派生する道具立てを戦略策定、実践、業績評価にまで応用するための指南書である。ミッション・ステートメントの体系(ミッション=使命、ビジョン=願望、バリュー=価値観)がとても分かりやすくまとめられており、かつ戦略、実践、評価のそれぞれの段階で利用できるツールが紹介されているなど、さすが経営コンサルタント目線で実践的な良書であった。ジョーンズ、カハナー[2001]は当時の米国企業40社が、いかにミッション・ステートメントを実際の企業経営に活用しているかを紹介している。ユニークなのは、組織変革、士気の鼓舞、顧客志向追求、製品力強化、社会的責任と、活用事例ごとに分類してそれぞれのステートメントを逐語的に解説していることだろう。

野村グループも「金融資本市場を通じて、真に豊かな社会の創造に貢献する」というミッションがあり、役職員がそれを奉じ、行動指針とするのは当然である。他方、われわれが毎日直面している市場、顧客、業務レベルでも、状況の変化は非常に速く、方針、ルール、計画が追いつかない局面にも遭遇し得る。その際、既定のルールや計画に固執していては、結果として正しい判断に至らない危険もある。そこで日々の業務レベルでも、そもそも何を目指して業務に当たっているかに立ち返って状況判断するミッションを明確にしておくことが必要になってくるようになるだろう。冒頭の「管理業務」云々は、こうした事情を背景とした発想だった。

さて、先に挙げた参考文献のうち、ジョーンズ、カハナーの「世界最強の社訓」をもう少し掘り下げて紹介しよう。戦略転換にミッション・ステートメントを活用した例として、スチールケースというオフィス家具メーカーでは従来「人々がオフィスで効率的に働くことを手助けする…」としていたミッションを「人々がより効率的に働けるように手助け…」と「オフィス」という単語を削除した。在宅勤務などが普及して働く場所がオフィスとは限らなくなったことに対応したものだという。20年前(原書の執筆は1994年なので、27年前!)に出版された本に書かれている。トラメル・クロウという不動産会社も、「デベロッパーとして卓越した企業になる」から「顧客を第一に考える不動産サービス会社として、アメリカで卓越した企業となる」に自らの使命を変更した。供給者の視点から、顧客の視点へ経営の重心を移した結果だという。ミッションに忠実だった例としては、他の機会でも紹介されることが多いジョンソン&ジョンソンの「タイレノール事件」がある。同社の看板商品であった鎮痛剤に何者かが青酸カリを混入させた際に、「第一に、…製品やサービスを利用する人々に対して責任を負う」という信条に即して財務上の負担を顧みずに全米に流通していた商品を回収した。恐らく、当時、同社のルールやマニュアルに悪意ある第三者の攻撃を想定した規定などなかっただろう。重大な決定に際して一度も会議が開かれなくとも、誰もが為すべきことを理解していた、という逸話もある。これなどは先に挙げた、日々の業務レベルで何を目指して業務に当たっているかに立ち返えるためのミッションの典型だろう。

筆者が最近、もう一つ、特に日本企業にとって魂の入ったミッションを持つべき理由として考えていることがある。企業の雇用慣行として、「メンバーシップ型」から「ジョブ型」への転換ということが言われる。実際には旧秩序が音を立てて崩れるような変化が起こるわけではなかろうが、しかし、変化は着実に進行するだろう。また、ミレニアル世代やZ世代といった若者の意識も大きく変わっていこう。日本でも1980~2000年前後生まれの世代は、2025年までに労働力の約半数を占めるようになるだろう。筆者が管理職として直面している課題として、中堅・若手の社員から「在宅勤務になって、インフォーマルなコミュニケーションが不足がちである」という声が多く聞かれるようになった。これらの趨勢はいずれも、これまで日本企業の特徴の一つであった「帰属意識による統制」を弱める方向に作用しよう。企業として一体感を維持するためには「理念への共感による団結」を深化させることが必要になってくるのではないか。建前やお題目のような社訓では、若い世代は簡単に見透かしてしまう。そこで、実際に機能している魂の入ったミッション・ステートメントに倣って、企業の在り方、活動、方針を一から見直すことが重要になってくると考えるのである。

アーサーアンダーセン ビジネスコンサルティング著「ミッション・マネジメント-価値創造企業への変革」[1997] 生産性出版
パトリシア・ジョーンズ、ラリー・カハナー著、堀紘一監訳「世界最強の社訓-ミッション・ステートメントが会社を救う」[2001] 講談社

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