米国の私募市場の活発化を支える投資家側の制度改革

編集者の目2021年4月5日

野村資本市場研究所 常務 関 雄太

米国におけるプライベート(私募・非上場)資本市場の隆盛については、以前に本欄でも紹介したが、関連制度改革の嚆矢となったのは2012年に成立したJOBS(Jumpstart Our Business Startup)法とされている。その後も追加的な改革・規制緩和が進み、2019年には、証券取引委員会(SEC)に「市場の番人」としての歴史上やや珍しいプロモーション型の組織である「スモールビジネス資本形成振興局(Office of the Advocate for Small Business Capital Formation:OASB)」が設置されるに至った。そのOASBがまとめた2020年年次報告書によると、2019年7月から2020年6月の期間(2020年度)に登録免除規定を活用した私募の資金調達は合計で2.6兆ドルを超え、同期間に1.5兆ドル超を記録した公募資金調達の量を凌駕していることがわかる。

近年の経緯を振り返ると、米国で私募の拡大を牽引したドライビングフォースは、成長企業が続々と生まれたことだけではなく、非上場企業の資本形成に係る制度改革が発行体側と投資家側の両輪で進んだことで投資家の裾野が広がり、いわば公募と私募の中間的な募集手段、上場と非上場の中間的な資本市場が整備されたことが大きかったと言えよう。

例えば、数ある登録免除規定の中で最も有力なのはレギュレーションDのルール506(b)を活用した募集で、OASBによれば2020年度の資金調達は1.4兆ドルを超えている。ルール506(b)においては、発行額の上限がないため、自衛力認定投資家(Accredited Investors)に対する募集ならば、機動的かつ大型の資金調達も可能になる(洗練された個人(Sophisticated Person)からの調達の場合には投資家数35人以下でなければならない)。

ここで重要となるのは自衛力認定投資家だが、純資産(100万ドル以上)、所得(過去2年間の実績が年間20万ドル以上で今年も同様の収入が見込める)などの規制上の基準を満たした個人・法人が該当する。実際には、投資家像はかなり多様で、プライベートエクイティファンドや投資顧問会社のようなプロもいれば、投資知識はプロほどではないが比較的裕福でベンチャー投資に関心が高いといったプロファイルの個人投資家も含まれると考えられる。

近年注目されている非上場株式のセカンダリー取引プラットフォーム、例えばシェアーズポストやナスダック・プライベート・マーケットにしても、新興企業のエンジェル投資家や役職員株主が、株式新規公開(IPO)までの期間長期化を背景に、公開前に保有株式を流動化・換金したい時に、購入希望を持つ自衛力認定投資家をマッチングして売却する、というのが多くの取引の流れとなっている。

自衛力認定投資家制度が、米国の私募市場のエコシステムを支える柱のひとつであるのは間違いない。別の言葉で言えば、リスク許容度が高く、一般投資家のように手厚い保護を必要としないことを投資家が自ら表明できる制度を確立したことが市場活性化の肝であった可能性がある。ちなみに、米国では自衛力認定投資家の定義をさらに拡大する流れがあり、直近では2020年8月に、職業や教育機関修了・資格など専門的知見を基準に加えるなどのSEC規則改定が採択されている。

自衛力認定投資家の定義拡大に対して、投資家保護上の問題を指摘する声がないわけではないが、米国では自衛力認定投資家の要件を満たさない一般投資家であっても、非上場の新興企業に投資できる途が拡がりつつある。例えば、事業開発会社(Business Development Company:BDC)は中小の非上場企業に投資するクローズド・エンド・ファンドであり、上場BDCには誰でも投資が可能である。また、グロース戦略を採用するオープン・エンド投資信託の一部は、「クロスオーバー投資」としてプレIPOの新興企業に投資することがあり、いわゆるユニコーン企業にリテール投資家の資金を供給している形となる。上場と非上場の中間的市場と言えるOTC(店頭)市場で取引される企業が1万社を超えていることも見逃せない。

日本でも新規・成長企業へのリスクマネー供給のあり方が議論され続けてきたが、魅力的な企業がないから投資家が増えない、目利き力のある投資家が少ないから開示と投資家保護を厚くする必要がある、という堂々巡りの議論で停滞してきた感もある。米国の取り組みを参考に「発行体」「投資家」「両者が出会うプラットフォーム」の3つの観点を同時に見て制度改革を進めていく必要がある。

[参考文献]
  • ・齋藤芳充、吉川浩史「米国のスタートアップから注目される未公開株式取引プラットフォーム」『野村資本市場クォータリー』2018年春号
  • ・竹下智「上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバー投資-米国ミューチュアルファンドによるプレIPO株式投資の実状-」『野村資本市場クォータリー』2020年冬号
  • ・岡田功太「私募証券投資の更なる活性化を目指す米国の取り組み-自衛力認定投資家の規制緩和を中心に-」『野村資本市場クォータリー』2020年秋号
  • ・神山哲也「上場ファンドを通じた非上場企業への資金供給-米国BDCと英国VCTの事例-」『金融・資本市場動向レポート』2021年3月16日発刊

手数料等やリスクに関する説明はこちらをご覧ください。