資本市場の『サステナブル・イノベーション』を牽引する欧州投資銀行(EIB)

編集者の目2021年7月16日

野村資本市場研究所 常務 関 雄太

サステナブル・ファイナンスが活発化する欧州において、顕著な実績を積み、近年その積極的な取り組みを加速しているのが、欧州投資銀行(European Investment Bank、以下EIB)である。EIBは1958年に設立され、ルクセンブルクに本部を持つ欧州委員会の国際開発金融機関だが、近年は調達・投融資の両面で世界のサステナブル・ファイナンスを牽引し、投資家の裾野を拡げるための触媒の機能も果たしつつある。

EIBが市場整備に関与してきた領域の筆頭にあげられるのが、環境・サステナビリティである。EIBは世界初のグリーンボンドである「気候変動への認知度を高めるための債券(Climate Awareness Bond: CAB)」を2007年に発行した。CABの累積発行額は直近(2021年5月)までに380億ユーロを突破し、欧州復興開発銀行や国際金融公社を大きく上回って、世界トップのグリーンボンド発行体となっている。

さらにEIBは、2018年以降、社会的要因や気候変動以外の環境分野への資金供給を狙いサステナビリティボンド(Sustainability Awareness Bond: SAB)の発行を開始し、2021年5月までの累積発行額は65億ユーロに達している。2020年からは、新型コロナウイルス感染症に対応する医療研究・病院の支援のため、連続的にSABを発行している。

また特筆すべきなのは、EIBが、発行したCABとSABをすべてルクセンブルク・グリーン取引所(Luxemburg Green Exchange: LGX)に上場させることで、LGXのサステナブル・ファイナンス関連情報の集積地としての機能向上に貢献しながら、同時に投資家層開拓も図っている点である。サステナビリティボンドのような新型債券の場合、デフォルト率や過去のリスク情報が入手しにくいため、機関投資家や投資信託にとっては、投資可能資産として明確に位置づけるための最初のハードルが高い。セカンダリー取引の場というイメージが強い取引所を、債券の情報プラットフォームとして活用し、認証機関なども巻き込むLGXの取り組みは、日本の「経済財政運営と改革の基本方針2021」で掲げられた「グリーン国際金融センター構想」においても参考とされているが、EIBの強力な側面支援あってこそのLGX、という見方も可能である。

市場整備におけるEIBの役割が顕著なもう一つの領域は、イノベーションである。特に、欧州のグローバル競争力確保のためのイノベーション支援策「ホライズン2020」の下で実施されたイノブフィン(InnovFin)プログラムや、欧州戦略投資基金(European Fund for Strategic Investment)では、ICT・エネルギー・ライフサイエンスなどの分野でベンチャー企業や大学・研究開発機関向けに、さまざまな手法を活用して資金を供給している。その中には、融資(750万~5,000万ユーロ/件、金利3~10%/年)とワラント(新株予約権)取得を組み合わせた「ベンチャー・デット」によるファイナンスもある。ベンチャー・デットは、欧州の金融業界においてもあまり普及していない手法であり、民間金融機関に任せていたのではギャップが埋まらない資金調達ニーズに、EIBが積極的に関与していることが注目される。

さらにEIBが2021年4月下旬に公表し、話題となったのがパブリック型のブロックチェーン(イーサリアム)を決済に活用したデジタル債(1億ユーロ、2年債)の発行で、類似のフォーマットでは最大規模の案件と言われている。このプロジェクトはフランス中央銀行が2020年に開始した中銀デジタル通貨(CBDC)の銀行間取引実験プログラムの第三弾と位置付けられており、具体的には、まず、フランス中銀がCBDC(トークン形態)を発行する。次に引受金融機関はTarget2(ユーロ圏の資金決済システム)を通じフランス中銀に現金を支払い、代わりに入手したCBDCをEIBに支払い、デジタル債を入手する(EIBはCBDCを現金と交換し、フランス中銀がCBDCを償却して実験は終了という形となる)。投資家がCBDCトークンに触れることはなく、あくまで銀行=中銀間での決済を実験したに過ぎないが、EIBが発行体となることで引受金融機関も参加しやすい環境が創られたと言えよう。

このように、EIBが資本市場のイノベーションを促す触媒となり得ているのは、欧州委員会という超国家的な組織を信用の裏付けとしているからと見ることは可能であろう。一方で、過去には官僚的で安全運転志向が強いとも言われたEIBが、公共・民間の中間的な位置づけを生かして多くの案件を創出し、投資家を巻き込み始めていることも確かであり、ESG分野でのブレンドファイナンス(Blended Finance: 混合金融)の担い手として、今後の動向に注目していくべきと考えられよう。

[参考文献]
  • ・林宏美「サステナブル・ファイナンスに特化したルクセンブルク・グリーン取引所」『野村サステナビリティクォータリー』2020年夏号
  • ・野村資本市場研究所「ベンチャー・ファイナンスの多様化に係る調査」経済産業省委託調査(2021年3月31日)

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