日本株の持続的上昇に不可欠な政策

編集者の目2021年9月27日

野村證券金融経済研究所 シニアリサーチフェロー 海津 政信

9月入り後、日本株の回復・上昇が目立っている。振り返ると、8月20日には日経平均株価は27,013円まで下落、この時点ではNYダウと日経平均株価は8,107まで差が拡大していたが、9月14日には日経平均株価は30,670円まで上昇。NYダウとの差は3,907まで縮小した。その後、中国大手不動産問題で上下に振れる場面はあったが、日経平均株価は9月24日には再び30,000円の大台を回復した。株式市場のダイナミズムを改めて見る思いである。

きっかけは言うまでもなく、内閣支持率が低迷していた菅首相の自民党総裁選不出馬である。これにより来る衆議院議員選挙は新首相の下での選挙となり、自由民主党の野党転落という株式市場が懸念していたテールリスクが小さくなったことである。政治の不安定は経済の不安定を招く恐れがあり、かつ政権交代が起きると不連続な政策変更が起きかねない。リスクプレミアムが高くなり、予想PERが低下することで株安を招くことがある。

もっとも、株式市場は政府の価値というより企業価値を表すものである点は変わらない。基本には企業収益見通しが良好なことがある。野村證券金融経済研究所は9月3日に日本企業ボトムアップ企業業績見通し集計を発表している。これによると、日本株式市場を代表する銘柄で構成されるRussell/Nomura Large Capの21年度企業業績予想(前年比ベース)は、9月1日時点で売上高+11.8%、営業利益+52.6%、経常利益+28.3%、税引利益+31.1%である(売上高と営業利益については金融を除くベース、22年度も同様)。また、22年度企業業績予想(前年比ベース)は、売上高+3.3%、営業利益+11.8%、経常利益+10.9%、税引利益+11.2%である。新型コロナ感染症下での費用削減努力が奏功していることに加え、ワクチンの普及を背景にグローバルに財需要が強くなる一方、半導体に代表される供給制約があり製品需給等がタイトなことがあろう。上方修正業種を見ると、自動車、電機・精密、商社、海運等グローバル業種に集中している点に特色がある。経常利益水準で見ると、直近のピークであった18年度を100として21年度107、22年度119となる見通しだ。

もちろん、日本経済の先行きへの期待を表していることも疑いがない。折しも、7月から8月にかけて感染力の強いデルタ株の感染急拡大で、一時は医療崩壊に近い状況になった。それが緊急事態宣言による人流の抑制とワクチン接種の拡大等により9月入り後新規感染者が大きく減少し、重症者も減っている。11月頃には日本の人口の80%ぐらいまでワクチンの2回接種が完了する見通しとなっている。8月まではテールリスクを恐れ、海外投資家は様子見に徹していた感がある。これがなくなると分かると海外投資家は企業業績的に出遅れており、ワクチン接種も欧米に追い付きつつある日本株市場にマネーを投じてきたということだ。

課題は、衆議院議員選挙の後に行われる21年度補正予算、22年度通常予算の規模と中身が株式市場の期待に沿うかどうか。特に、緊急医療体制の整備、デジタル化、グリーン化への成長投資増、IT・半導体産業強化への支援策、新型コロナ感染症で傷ついた飲食、ホテル等への助成策、子育て世代への住居費・教育費の支援拡大、賃金引上げへの税制活用、介護士・看護師の公定料金の引上げなど自民党総裁選挙で議論になっている項目がどこまで盛り込まれるか。また世界経済の見通しが期待通り企業収益の拡大をサポートしてくれるかであろう。さらに総裁候補が提起している金融所得の課税問題も大事だろう。日本の株式市場は業績も上向き、企業統治改革も一定程度進み、長期投資に堪えられるようになってきている。その意味で、格差是正を意識した金融所得への課税強化ではなく、むしろ個人金融資産の貯蓄から投資への流れを作り出し、中間層の金融所得を増やし、税収を増やすほうが賢明だろう。

日本の個人金融資産は21年6月末時点で2,000兆円弱に達するが、半分はほぼ利益を生まない現預金に眠っている。個人が持つ株式等は200兆円強にとどまるが、新たに現預金200兆円が日本株に移るとどうなるか。企業の利益成長率をどう見るかによって投資リターンが決まるが、2000年から新型コロナ前のピークであった18年度までの経常利益成長率は年5.3%、またアナリストの見る中期利益成長率も概ね年5%であることから、200兆円の5%で年間10兆円の金融所得増が期待できる。消費を刺激すると同時に株式譲渡益・配当への税率を20%に据え置いても2兆円の税収増が期待できる。政府は確定拠出年金の非課税枠拡大等で貯蓄から投資への流れを後押しすべきだろう。日本株の持続的な上昇には欠かせない政策だと考える。

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