大型経済対策、注目したい岸田政権のデジタル関連施策

編集者の目2021年11月24日

野村證券金融経済研究所 シニアリサーチフェロー 海津 政信

10月31日に行われた衆議院議員選挙では、新型コロナウイルス感染症の落着きを背景に、成長と分配の好循環を訴えた自民党が単独で絶対安定多数の261議席を確保し、公明党を加えた与党全体で全議席の63%を占める293議席を獲得した。逆に野党第一党の立憲民主党は110議席から96議席に14議席減らすことになった。立憲民主党をはじめとした野党の消費税引き下げを含むばら撒き政策には、将来負担を懸念する40歳以下の若い世代の支持は得られず、日米安保や自衛隊を巡り基本政策が違う立憲民主党と共産党の選挙協力にも納得感がなかったということだろう。この勝利で、岸田首相は長期政権への一歩を踏み出すことが出来た。

さて、岸田政権は11月19日に財政支出が55.7兆円程度となる大型経済対策を決め、12月6日に召集される予定の臨時国会で経済対策を盛り込んだ補正予算の成立を図り、新型コロナウイルス感染症で落ち込んだ経済の回復を目指すことになる。幸い、菅前政権が進めた1日100万回を越えるワクチン接種の遂行で、ワクチン接種率は75.8%(11月19日時点)まで上昇し、7-8月に猛威を振るったデルタ株も沈静化し経済活動が再開されつつある。加えて3回目のブースター接種も12月以降の実施が見込まれ、これに大型経済対策が加わることで、乗数効果の低い支出の比重が高いとはいえ、2022年の日本の実質GDP成長率はプラス4.4%を野村では予想している。これは22年7月に参議院議員選挙を控える岸田政権にとって大変重要である。参議院議員選挙前には景気回復を軌道に乗せることが欠かせないからだ。

しかし、日本経済にとってより重要なのは中長期的な成長力の引上げと持続的な賃金上昇の実現にあろう。デジタル化による生産性上昇、EV(電気自動車)、水素関連等のグリーン成長、半導体の国内生産拡大、スタートアップ企業の育成、大学の研究開発力の強化等を急ぐ必要がある。また、雇用拡大、失業率低下、税制支援等による賃金上昇の実現も不可欠だ。

とりわけ重要なのは、デジタル化による生産性上昇と半導体の国内生産拡大であろう。そこで、岸田政権のデジタル関連施策を見てみよう。まず、デジタル田園都市構想だが、これはデジタル技術を積極的に活用し、地方都市の生産性を引き上げ、東京など都市部との格差を縮小させようと言う戦略である。デジタル技術を実装し、地方創生を行うと言い換えても良いだろう。すでにICTオフィスを活用した街おこしとして注目される会津若松市の事例、遠隔医療の実現で注目される長野県伊那市のケースなどが先進事例としてある。今回の経済対策でもデジタル田園都市国家構想関連地方創生交付金が盛り込まれている。数多くの取り組み、先進事例が出てくることが期待される。また、長期的にはMaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)、すなわち地域内を循環する自動運転バスなどが整備されよう。さらにドローンやIOTを活用した農業のデジタル化、生産性向上も進むだろう。

次いで、デジタル庁設立による行政、公共サービスのデジタル化が重要だ。具体的には、地方公共団体がガバメントクラウド上に構築された基幹業務等のアプリケーションをオンラインで利用することにより、従来のようにサーバー等のハードウエアやOS、ミドルウエア・アプリケーション等のソフトウエアを自ら管理することが不要になり生産性が上がる。またマイナンバーカードの交付枚数が5,000万枚まで普及し、健康保険証や運転免許証のマイナンバーカードへの移行が見え始めている。今回の経済対策でも2兆円の予算の手当てが行われるマイナポイント(一人当たり最大2万円)を使い、もう一段の普及促進が望まれる。

さらに、経済安全保障という視点が加わり戦略性を増す半導体投資に大型の補助金を活用できるようになり、半導体の設備投資増、国内生産の拡大が見込めよう。具体的には、ソニーのイメージセンサーに使われるロジック半導体をTSMC(台湾セミコンダクター)とソニー等の合弁工場で生産することで、ソニーの半導体の競争力強化と車載半導体を含む国内での生産・雇用の拡大が期待できる。約4,000億円と推測される補助金は関連法案と共に今次補正予算で手当てされる見通しだ。また、古くなった全国の半導体工場への資金支援により設備の更新、競争力の回復が期待される。また、米中経済・技術摩擦を背景に香港等での建設が難しくなりGAFAM等のデータセンターの日本設置が今後活発になると予想される。こうした中、データセンターに大量に使われるDRAMの微細化の限界が迫っている。この弱点を克服する有力な手段が積層SRAMの開発、生産であり、日本がこれに成功すれば、キオクシアが持つNANDフラッシュに加え、新たな半導体メモリーが加わり、メモリー王国の復活もないとは言えない。夢のある話しであろう。

今回の経済対策は現金給付を含む財政支出の大きさに注目が集まり、「賢い支出」には程遠いとの論評が多いが、デジタル関連施策に着目すれば、中長期の成長戦略が埋め込まれていることに気が付く。このデジタル関連施策を推進していけば、日本経済の中長期的な成長力の回復に繋がりうるということだ。

手数料等やリスクに関する説明はこちらをご覧ください。