日本経済中期見通し2022
-日本が経常赤字国に転落する日:コロナ禍、脱炭素化、デジタル化は日本の対外収支構造を変化させるか?-

論文2021年12月2日

野村證券金融経済研究所 経済調査部 美和 卓、桑原 真樹、岡崎 康平、棚橋 研悟、髙島 雄貴、伊藤 勇輝、大越 龍文

目次

はじめに-なぜ今、経常収支に注目するのか?

  1. コロナ禍を経た労働供給の伸びしろを考える
  2. 家計純貯蓄の中長期的変動要因-家計の貯蓄超過は継続へ
  3. マクロでみる日本企業デジタル化の今後-成長につながるIT投資を模索
  4. グリーン政策と対外収支パターン
  5. コロナ禍で生じた「強制貯蓄」の帰趨-「強制貯蓄」はリスク資産へ向かうか?
  6. 財政バランスと公的債務の需給環境変化-2%の物価安定目標達成のジレンマ
  7. 円が安全通貨、逃避先通貨でなくなる条件-経常収支の赤字化を伴わずして公的債務の持続性が破綻するリスク
  8. シナリオ別の中期経済見通し
    1. (1)世界経済の前提
    2. (2)原油価格の前提
    3. (3)中期見通しのシナリオ区分
    4. (4)メイン・シナリオ
    5. (4)ダウンサイド・シナリオ
    6. (4)アップサイド・シナリオ

要約と結論

  1. 日本経済中期見通し2022では、新型コロナウイルス(以下、コロナ)感染症禍や、脱炭素化、デジタル化などの経済政策を起点とする経済構造の変化とその可能性を、日本の対外収支構造に変化が及ぶか、という観点から論じる。対外収支構造に焦点を当てる主な動機は、コロナ禍によって著増した財政赤字や公的債務の存在にある。経常収支赤字が常態化した場合、国内民間主体の純貯蓄で公的債務の需要がカバーされることで回避されてきた、政府債務危機が現実化する可能性がありうる。
  2. 中長期的な日本の経常収支の変動要因として、家計、企業の貯蓄投資バランスに影響を与え得る以下の論点を検証する。結論としては、以下いずれの点も、中長期的に経常収支を赤字化させる決定打とはなり得ないと野村では判断する。
    家計純貯蓄の変動要因-労働参加、在宅勤務対応の住宅需要、再分配政策
    コロナ禍からの労働参加率の回復余地(純貯蓄増加要因)、在宅勤務の常態化に呼応した住宅需要(同減少要因)、岸田政権の再分配政策(同減少要因)を検討する。差し引きして、家計の純貯蓄はプラス圏で維持される公算が大きいと判断される。
    デジタル化加速
    コロナ禍で相対的な日本の出遅れが露呈した「デジタル化」を促進する取り組みははじまっている。しかし、主として人材面でのボトルネックを背景に、デジタル化関連投資が十分に拡大し、企業の純貯蓄に顕著な影響を与える段階にはないと判断される。
    気候変動対策
    気候変動対策関連の投資需要増大と、脱化石燃料に伴う輸入へのインパクトを指標に日本の対外収支動向をシミュレートする。短期的には投資増加による収支悪化効果が大きくなるが、中長期的には化石燃料輸入減による収支改善効果が凌駕する形となる。
  3. 累増した日本の公的債務の持続性維持にとって重要な経常収支が中長期的に赤字化する可能性は、今回野村が取り上げる種々の論点からみて低い。しかし、民間の純貯蓄が相応の規模で維持され続けても、公的債務の持続性に問題が生じる経路はあり得る。民間金融資産が円貨建てから外貨建てに顕著な規模感でシフトする可能性である。昨今、「安すぎる円」「安すぎる日本」といった議論において問題提起されている、内外価格差の拡大や円安の行き過ぎは、その契機となりうると考える。