新しい資本主義の観点でも自社株買いは重要

編集者の目2022年1月26日

野村證券金融経済研究所 シニアリサーチフェロー 海津 政信

2021年の主体別売買動向(現物、先物合計)が公表された。21年年間の買越し額トップは事業法人で1兆5,610億円、2位が自己で8,640億円、3位が投資信託で8,050億円、4位が個人で4,870億円。一方、売越し額トップは海外で2兆4,770億円、2位は都銀・地銀などで8,550億円、3位は生損保で4,480億円、4位は信託銀行で840億円であった。前年と比べての大きな特色は、日本銀行のETF(上場投資信託)の買いが反映されると見られる自己の買越し額が20年の6兆7,000億円から8,640億円と激減していること。21年3月に日本銀行が金融政策を見直し、ETF買いの基準を厳しくしたことで大きな減少となっている。次いで、自己に代わって買越し額トップに事業法人が浮上したことであろう。21年は株式の新規公開に加え、新型コロナ感染症で赤字となった運輸企業などで財務改善のための大型増資が行われた一方、主に自社株買いによって事業法人の買越し額がトップとなった意味は大きい。

その自社株買いだが、21年暦年で6兆4,200億円実施され、21年度でも6兆6,000億円の実施が予想されている。20年度から52%の大幅増で19年度の7兆3,000億円に次ぐ規模となる見通しである。これは新型コロナ感染症の悪影響が空運、鉄道、ホテル、レストランなどに限られ、上場会社収益は全体として大きく増加していることによろう。ちなみに、21年12月の日本企業ボトムアップ業績見通し集計(21~22年度)によると、ラッセル野村大型株ユニバースの21年度連結経常利益は前年比32.3%増益予想である。中でも好調なのは、テレワークやオンライン授業の増加でPC需要が回復、さらに5G(第5世代移動通信)の普及や自動車の電動化等により半導体・電子部品、同製造装置需要が増加した電機・精密セクターである。また新型コロナ禍のなか、世界で公共交通機関を避け、自動車を購入する消費者が増える一方、半導体不足で自動車生産が遅れ需給がタイト化した自動車セクターも収益は予想以上に好調だ。さらに、脱炭素化で供給制約が進み資源価格が高い商社も良好だ。実際、自社株買いの上位にはソニーグループ、トヨタ自動車、三井物産などこういったセクターの主力企業が名を連ねている。

さて、新しい資本主義の観点でも自社株買いは重要と考える。第1に、ROE偏重の新自由主義からROEとESG(環境・社会・ガバナンス)両立の新修正資本主義に向かうとしても、資本コストに見合う8%以上のROE維持の重要性は変わらない。修正されるべきは米国企業にみられた社債発行をしてまで自社株を買うことなどで、自己資本過多でROEが低い企業は適切な自己資本になるよう調整する必要がある。第2に、そもそも米国、欧州企業と比べ日本企業の総還元性向((配当金額+自社株購入額)÷連結税引利益×100)は十分とは言えない。上昇してきたとは言え20年度で55%であり、米国企業の90-100%は高すぎるとしても欧州企業の60-70%に比べても改善の余地がある。もちろん、株主以外の利害関係者にも配慮することは大事だ。地球環境の持続性などからESGにより目を向けることは論をまたない。また、持続的な賃金上昇は必要で、賃金を削って利益を上げる企業は新型コロナ禍など特殊な局面以外では正当化されないだろう。賃金引き上げの為、賃上げ税制を打ち出した岸田政権の意図は十分理解できる。第3に、株式需給での重要性がある。この論考の最初に紹介した21年の株式需給にみられるように、日本銀行がETFを買わない中では、外国人の売りや金融機関の政策保有株の売りを考えると自社株買いが重要な買い手となる。成長と分配の好循環を経済政策の中心に据える岸田政権にもこれらの点は認識いただく必要がある。

最後に、自社株買いは今後どうなるか。おそらく増えていこう。1月に入りFRB(米連邦準備制度理事会)のインフレ抑制に向けてのタカ派姿勢が鮮明となる中、世界的に株価が下落しバリュエーションが下がっているからだ。25日のTOPIX(東証株価指数)終値1,896で計算すると、1年後利益に基づく予想PERは13.9倍まで下がっている。株価が割安と感じる経営者が増えていることは間違いないだろう。これから始まる21年度第3四半期決算発表時に自社株購入を表明する上場企業が増えるのではないか。

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