「金融経済教育を国家戦略として位置づけ、自助努力を公助する」という発想

編集者の目2022年2月3日

野村資本市場研究所 常務 関 雄太

2021年12月27日、日本証券業協会と全国銀行協会が、金融経済教育の推進と子どもや若者の貧困対策に関する連携・協力に合意した。このうち、金融経済教育については、長らく課題とされている国民の資産形成への取り組みがいまだ本格化していないことが問題意識として示された。両協会は、超高齢化社会への不安、新型コロナ禍を契機としたネット取引やつみたてNISAの口座増大、新学習指導要領による中学・高校での金融経済教育の実施など、社会のニーズや関心が高まっていることを捉え、銀行・証券業界の有する人的・物的・知的資源を活用することによって、金融経済教育を大きなトレンドにしていく、としている。

金融経済教育については、他にも官民の組織・団体が無数の取り組みやコンテンツ制作を進めており、機運が高まっていることは間違いない。その一方で、日本の個人株主数(証券保管振替機構調査、不稼働口座除く)は、近年増加しているとはいえ2020年度末時点で約1,400万人に過ぎず、国内総人口(約1億2,570万人)の約11%に留まっている。投資信託のみを保有する投資家が相当数含まれているNISA口座数にしても、約1,650万件(うち一般NISAは約1,230万件、つみたてNISAは約420万件)である(2021年6月時点)。残念ながら「金融経済教育(あるいは資産形成)に関心のない人」「関心はあるが余裕や機会のない人」「金融経済教育に触れたものの、資産形成や投資を実際始めていない人」がまだまだ多いのが現状と言わざるを得ない。

したがって、今後は金融行政・金融業界の枠を超え、あらゆる世代・立場の日本人に金融経済教育を届けるための取り組みが必要になる。その観点では、米国の「金融リテラシーに関する国家戦略2020」、英国の「ファイナンシャル・ウェルビーイングのための英国国家戦略2020~2030」と関連諸施策に注目すべきである。具体的には、下記の4点をポイントとして挙げておきたい。

第1に、米国・英国ともに「ファイナンシャル・ウェルビーイング」の向上を目標として掲げている点である。ファイナンシャル・ウェルビーイングの定義は、両国の政策文書で微妙に異なる面もあるが、基本的には「お金について安心している、管理ができている状態。不測の事態に対しての備えと将来に向けた準備ができている状態」とされている。背景には、個人や家計が健全な財政状態にあれば、労働生産性の向上や企業価値向上への効果が期待でき、同様に家計部門が将来に向けた貯蓄・投資を行うことで経済全体の好循環が生まれるという論理があり、ミクロな貯蓄金融行動の最適化を促すことがマクロ的にも良いという発想につながっている。

第2に、上記の政策目標を背景に、金融リテラシー向上を競争力の源泉と捉え、金融経済教育を国家戦略として推進するという考え方である。「国家戦略」と位置づけることによって、省庁別に縦割りとなっている規制・行政分野を横断した取り組みが進めやすくなるということであろう。英国の場合には、関連公的機関を統合してMaPS(The Money and Pensions Service)を創設し、全世代の国民が生涯を通じて金融や年金に関する正しい判断に必要な情報にアクセスできることを保証すると謳い、さまざまな資源を動員できる体制を構築している。

第3に、「教育だけでは行動変容を促すには不十分」「実践が最良の金融経済教育」という認識を有している点と、国民の能力向上や金融に対する姿勢の変化につながるよう効果計測やプログラムの改良に工夫をこらしている点である。米国では「国家戦略2020」の契機となった2019年の財務省報告書が、エビデンスベースで金融経済教育プログラムを評価し、実効性の低いプログラムの廃止・改良をすべきと提言している。また、英国では行動経済学の知見、具体的には経験則とナッジを、Pension Wise(DC年金加入者向けに情報やガイダンスを提供するMaPSのサービス)の利用促進に活用して評価を高めている。

第4に、動画やスマートフォンアプリなどデジタルコンテンツの活用である。デジタルの優位性として、距離や場所を問わず双方向のコミュニケーションが可能になることや、視聴件数などの分析や効果測定がしやすいことが指摘される。米英ではこれを踏まえて、講師・教師向けのガイドやコンテンツを改善することで、学生向けのプログラムの効果を高めるなどの工夫を行っている。

米英の金融リテラシー向上戦略には他にも興味深い点が多いが、なにより印象的なのは自助努力と公共サポートの間に明確な線引きをせず、「自助努力を公助する」という発想を持っていることであろう。日本でも、すでに行われている取り組みや組織的努力を統合し、実効性を持つ仕組みにするためのグランドデザインが求められるのではないだろうか。

[参考文献]
  • ・加藤貴大・橋口達「米英における国家戦略としての金融経済教育」『野村資本市場クォータリー』2021年秋号
  • ・加藤貴大・橋口達「米英におけるデジタルコンテンツを通じた金融経済教育の普及策」『野村資本市場クォータリー』2022年冬号

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