ポストコロナの社会的課題解決に向けたICT活用の可能性

論文2022年3月4日

野村證券データ・サイエンス部 高蔵 蓮
野村證券経済調査部/データ・サイエンス部 水門 善之
監修:京都大学大学院医学研究科 近藤 尚己

目次

  1. I.はじめに
  • II.社会的課題の整理
    1. コロナ禍が労働市場に与えた影響
    2. 高齢化と高齢者間の就業格差・所得格差
    3. 母子世帯の貧困
    4. 高齢者や母子世帯の母親が課される制約
    5. 技術を活用した環境支援
  • III.高齢者の就業状態・生活状態とICT
  • IV.ICTが持つ社会的課題解決の可能性
    1. ICT活用とコロナ禍の休職回避
    2. 高齢者のICT活用と就業状態
    3. 母子世帯の母親のICT活用と所得水準
    4. 格差是正の観点から見たICT活用の有効性
    5. ICT活用が持つ社会的課題解決の可能性
  • V.ICT活用を礎とした新しい就業支援
    1. 政府方針
    2. 地方自治体の支援施策
    3. 民間企業における支援施策
    4. ICT活用支援施策の注意点
  • VI.おわりに
  • 要約と結論

    1. 2020年以降、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の感染拡大は、人々の生活にさまざまな影響を与えた。なかでも大きな影響を受けたものとして、人々の働き方が挙げられよう。コロナ禍においては、テレワークに代表されるような、ICT(Information and Communication Technology、情報通信技術)を駆使した働き方が広く浸透した。本稿では、雇用・所得を中心とした社会的課題に対して、ICT活用の有効性を計量的に検証すると共に、国連の持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けたICT活用の可能性を考察した。
    2. コロナ禍においてはパートタイム労働者の雇用が大きく減少した。高齢者やひとり親世帯(特に母子世帯の母親)の就業者はパートタイム雇用の割合が高く、コロナ禍の雇用減少の影響を大きく受けており、これはコロナ禍における新たな社会的課題と言える。高齢者や母子世帯の就業の困難さやそれに伴う貧困は、コロナ前から日本の社会的課題であり、コロナ禍で顕在化した。一方でテレワーク等の、コロナ禍への対応として急激に普及してきたICT活用によって、加齢に伴って心身の機能が低下するという心身機能的制約や日中のフルタイム勤務が難しいといった時間的制約、通勤の負担が大きいという距離的制約を克服できる可能性があると考え、以下の分析を行った。
    3. 本稿では、これらICT活用の可能性を検討すべく、就業状態・所得水準の改善とICT活用の関連性について、約3万人の調査結果を集計したJACSIS(=The Japan COVID-19 and Society Internet Survey)データベースを用いて、個票ベースの分析を行った。多重ロジスティック回帰による推計を行った結果、1. ICT機器を使う仕事に就いている就業者はコロナ禍で休職を回避している傾向にある、2. ICTを活用している高齢者は就業している傾向にある、3. ICT機器を使う仕事に就いている母子世帯の母親は世帯年収水準が高い傾向にある、という3点の関連性とその統計的な有意性が示唆された。さらに追加的な分析から、ICT活用と就業状態については高齢者が特に強い関連性を持ち、ICT活用と世帯年収水準については母子世帯の母親が特に強い関連性を持つことが示され、格差是正の観点からもICT活用が有益である可能性が示された。
    4. これらの分析を踏まえると、ICTを活用した支援を通して心身の機能・時間・距離といった制約を克服することで、就業や収入面の格差を是正する機能を持つことが期待される。そのような事例を探索したところ、実際に、政府・地方自治体・民間企業といったあらゆるレベル・フィールドで、ICTを活用した新しい働き方の推進・就業支援の事例がみられた。
    5. 他方、心身の機能や時間や距離の制約を受けやすい人々は、ICT利用のためのアクセスにおいても制約を受けやすいため、オンライン環境の公平な普及に加えてサービス利用の簡便性の追求など、各集団のニーズを踏まえた利用環境整備が不可欠である。コロナ禍への対応として、ICT活用に向けたインフラ整備やサービスの改善が進むことが、ポストコロナにおける一層強靭で活力ある社会を構築する基盤となろう。