ゴールベース・アプローチと個人向け投資アドバイスの進化

編集者の目2022年3月10日

野村資本市場研究所 常務 関 雄太

最近、リテール顧客への営業モデルをコンサルティング型に変革することを目指す日本の金融機関の中で、「ゴールベース・アプローチ」が注目されている。

ゴールベース・アプローチの定義は各社ごとに微妙に違っている面もあるようだが、米国のウェルス・マネジメント業界においては、ゴールベース・アプローチは「個人の将来の目標に向けて資産などを管理していく方法」あるいは「資産形成から取り崩し、遺産相続に至るまで、顧客世帯が保有している複数の口座、複数のプロダクトをまたいで最適な結果を得るよう顧客を助け、顧客の資産を包括的に管理すること」と言われている(『ゴールベース資産管理入門』参照)。米国における発祥と経緯からは、確定拠出年金プランや教育資金積立口座など、複数の税制優遇口座を持つことが多い個人投資家が、税の最適化のため目的・目標ごとに資産管理をしようとしたのがゴールベース・アプローチの出発点だったことや、年金基金のような分散ポートフォリオによる長期運用が個人にとっても有効な資産管理手法という認識が広がる中で、ゴールベース・アプローチがファイナンシャル・アドバイザーと顧客のコミュニケーションを円滑にしたことなどが理解できる。逆に言うと、ゴールベース・アプローチが「流行した」「定着している」といった認識は、米国の業界内部にも存在していないのではと思われる。

一方、日本でにわかにゴールベース・アプローチが注目されていることは、顧客とアドバイザーの意識あるいは関係性が底流で変わっていることを示している可能性がある。より具体的に言えば、下記の3つの潮流が顕在化しているのではないか。

第1に「プロダクトからサービスへ」という潮流である。元来、日本の金融機関には、プロダクトを起点とした戦略あるいは「売れる商品が良い商品」といった意識が強かったが、顧客の長寿化、規制改革、コミッション料率の低下、金融業界内の競争激化といった環境下で、なるべく多くの資産の運用管理を継続的に委託されるための仕組み、あるいは解約されにくいサービスの開発にリソースを投入するようになりつつある。つまり、ヒット商品を出せば勝ちという時代は終わりを告げ、各アドバイザーがアフターフォローとリバランスを通じ長期的なゴールに向けて伴走することで信頼感を醸成しなければ、顧客に選ばれない、ということであろう。

第2に「セールスからマーケティングへ」という潮流である。米国ウェルス・マネジメント企業の戦略変化を見ると、顧客セグメントという点では保有資産規模やペルソナ(顧客の人物像)によるフォーカス(絞り込み)、プロダクトやサービスにおいては総合化・多角化という、一見相反する2つの変化が同時に起きている。ゴールベース・アプローチが、顧客とゴールについて話し合える関係が構築できていること、すなわち顧客をよく理解していることを前提とするならば、当然の動きとも言えるが、日本においては顧客セグメントを明確に分けること自体を避けるような傾向すらあった。今後は、サービス志向の強まり、高齢化と人口減少などに後押しされる形で、さまざまなマーケティング努力が行われるはずだが、その中で多くのアドバイザーが顧客との関係を再構築するためゴールベース・アプローチを念頭に置いて行動するだろうことが容易に予測できる状況となっている。

第3に、「アセットマネジメントのスキルを採り入れてHolisticな(全体的な)アドバイス提供を目指す」動きである。近年、UBSやモルガン・スタンレーなどウェルス・マネジメントのトップ企業の多くが、投資一任サービスの資産配分を決定する投資委員会をCIO(チーフ・インベストメント・オフィス)に格上げし、その一方でCIOの策定する戦略的・戦術的資産配分を個別顧客の資産の選択や入れ替えに落とし込んでいくための資産設計・シミュレーションシステムを高度化・精緻化している。さらに、アドバイザー・金融機関と顧客の間で結ばれる契約も、投資助言もしくは投資一任というフィー型の契約となる。こうした投資アドバイス提供体制は、いくつかの本邦金融機関にも創られつつあるが、もはやセルサイドの金融商品の販売・仲介業務から乖離し、むしろアセットマネジメント会社が年金基金等のアセットオーナーに提供しているサービスモデルに限りなく近似してくる可能性が高い。

つまり、ゴールベース・アプローチへの注目の高まりは、「Holisticなアドバイスを顧客ごとにカスタマイズして提供する」というコンサルティング営業の本質への理解が広がってきたことを示しており、それは日本の顧客が潜在的に抱き続けていたニーズに対して、ようやくサービスと人材の開発競争が発生したことを意味していると言えよう。今後は、まだ日本では導入されていない助言型のRep as Advisorプログラムなど、さらに多くのアイデアやプラクティスが試行・導入されていくことになるだろう。

[参考文献]
  • ・チャック・ウィジャー&ダニエル・クロスビー(著)/野村證券ゴールベース研究会(訳)「ゴールベース資産管理入門」日本経済新聞出版(2016年)
  • ・野村證券ゴールベース研究会(編)「ラップ口座入門」日本経済新聞出版(2022年)

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