多様性は進化論だ!

編集者の目2022年4月15日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 許斐 潤

先日、NHKの「ヒューマニエンス 40億年のたくらみ」という教養番組で、非常に興味深い進化人類学の学説に接した。筆者は世界史の授業で、人類は猿人→原人→旧人→新人(ホモ・サピエンス=我々)というように直線的・決定論的に進化してきたと習った。その後に新しい証拠が発掘されたり、DNA解析などの研究手法が開発・適用されたりしてきた結果、そうした直線的な進化像とは異なった姿が浮き上がってきた。それによると、過去700万年で我々とは系統の異なる20種類以上の「人類」が存在していて、その中で我々だけが生き残ったらしい。しかも、これら他人類の絶滅にはホモ・サピエンスが関与していたという。一例を挙げれば、200万年ほど前に地球が乾燥して食糧事情が悪化したのを機に人類の祖先達は森林から草原に進出したが、それぞれの生き残り戦略はさまざまであった。我々とは異なる系統のパラントロプス・ボイセイという猿人は、固い根茎類などが食べられるように側頭筋、顎、歯などを発達させ咀嚼力を強化するように進化した。他方、我々に連なる系統のホモ・ハビリスは、肉食獣の食べ残した死肉を効率的に食べられるように石器を使って肉を削いだり、石で骨を割って骨髄を取り出したりするように進化した。肉食がエネルギー多消費型の器官である脳の発達を促し、やがて火を使って生では食べられなかった根茎類にも手を出すなど活動範囲を広げていった。当時の希少な資源を独占してパラントロプス・ボイセイを絶滅に追い込んだというストーリーである。「道具を使う」という戦略が先験的に優れていたわけではなく、結果として選択されてきた。もし、当時の環境バランスが微妙に違って、例えば肉食獣の個体数が実際より多かったり少なかったりしたら、絶滅したのは我々の祖先の方だったかも知れない。

本稿の論旨とは直接関係ないが、上述のストーリーは脳を発達させた我々の祖先が道具や火の使用、集団化、狩猟生活を通じて、環境に負荷をかけながら惑星の支配者となっていく性の端緒だったということも強く印象に残った。

さて、「多様性が重要である」という命題に異論を差し挟む余地はないだろう。基本的な考え方は「多様性がある方が、社会が強くなる」「多様性が高まることによって、人や価値観の新たなコラボレーションがうまれ、新しい発想やイノベーション(変革)のきっかけになる」※ということである。ここで、社会が強くなったり、イノベーションが生まれたりする背景としてどんなメカニズムが想定されているのだろうか。一般には、多様な意見がぶつかり合う中で不足している論点を補い合ったり、全く違う発想が従来にない気づきをもたらしたりしながら、新しいものを生み出していくというプロセスが想定されていると思われる。いわば、弁証法的に正・反からイノベーション(合)が止揚されていくという姿が美しく描かれている。

確かに、そういうこともあるだろう。しかし、筆者は多様な選択肢どうしの競争の結果、結果として勝ち残ったものが「与えられた環境で優れたもの」だという説を重視したい。有名な話では20世紀初頭、世界にはガソリン車のメーカーだけで300社以上、蒸気車もピークで60社、さらに当時から電気自動車メーカーも30社ほどあった。「石油の時代」には動力源としてガソリン車、メーカー数も30社前後に集約されていった。米国では起業家が進取の精神に富み、投資家を含むベンチャー企業を支える生態系が充実している。そのためベンチャー企業の成長が早く、ベンチャーから身を起こした大手テック企業が圧倒的な存在となっている、という声を聞く。それも事実ではあろうが、実際には笑うものの陰には泣いているものもいるはずである。米国の起業率は10%近いが、廃業率も同程度のベンチャー企業の「多産多死」社会である。ある事業分野で考えられる(場合によっては考えられる範囲を超えて)多様な製品・事業モデルを右端から左端まで揃えてそれらが一斉に競争し、優れたものが勝ち残っていくというダイナミズムが米国産業の本質だろう。むしろ、人と違っていないと、競争上のエッジにならない。似たような発想の人たちが、最初から「負けない」ことを優先した安全策の製品・事業モデルを構想しても、似たり寄ったりの中道路線の同質競争となるのが関の山である。5億年前のカンブリア爆発では、現在生存している生物の原型を含めて一気に多様性が拡大して、その後の適応を経て今の世界に至っている。多様性はダイナミズムの源と言える。

ここで大事なことは、いったんは負けた人が再挑戦、再々挑戦できる環境整備である。負けたら絶滅するなら、「負けない」ことを優先せざるを得ない。そうなら、多様性も産業ダイナミズムもないだろう。

NHK SDGsキャンペーン・サイト「未来へ17action」上での慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科 蟹江憲史教授のコメント

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