『8兆ドルクラブ』の形成と『壁』を越える投資サービス業の成長戦略

編集者の目2022年6月29日

野村資本市場研究所 常務 関 雄太

2021年末に日本の家計金融資産が2,000兆円を突破したことが話題となったが、米国では2020年末時点で家計・非営利組織部門の金融資産が100兆ドルの大台を突破している(2021年末時点では118兆ドル)。最近の為替レートで換算すれば米国の金融資産は日本の6倍に達し、人口で見た米国/日本の比率=2.6倍(米国=約3.3億人に対して日本=約1.26億人)よりもはるかに大きい金融ストックの差が生じている。色々な環境の相違を指摘することは可能だが、政策・ビジネスの両面から、米国の取り組みに謙虚に学ぶ必要性を改めて実感せざるを得ない状況と言える。

米国の金融資産蓄積が進む中、アセットマネジメント業界の競争地図も塗り変わってきた。特に顧客資産あるいは管理資産が8兆ドルを超える以下4社の動きは、グローバル金融ビジネスの行方にも大きな影響を与えると思われる。

まず、ブラックロックは、2021年に運用資産(Asset Under Management: AUM)が10兆ドルを突破し、運用会社世界トップの座を占め続けている。ETF(アイシェアーズ)やインスティチューショナル分野、とりわけフィクストインカム関連での競争力というイメージが強いブラックロックだが、実際の収益構造を見ると、リテール顧客向け商品、アクティブファンドなどの貢献度がかなり高く、2006年に統合した旧メリル・リンチ・インベストメント・マネージャーズのレガシーが同社の成長原資を創出していることがわかる。テクノロジーやオルタナティブ分野への投資、あるいはESG投資に関して積極的な発言・提言を継続している同社の戦略の背景に、複合的・安定的な収益基盤があることは改めて注目すべきだろう。

次に、バンガードはリテール分野、具体的にはインデックスファンドとETF、さらにはターゲットデートファンドなど確定拠出年金(DC)プラン向けの投資信託の開発・提供に力点を置いてきた。近年は、米国投信市場全体の資金流入に占めるシェアが平均で50%超(2016年や2018年にはシェア100%超を記録した)という驚異的なインフローにより、2021年中にAUMが8兆ドルを突破した。バンガードの場合、ファンド(投資法人)の投資家が間接的に運用会社バンガード・グループ・インクの株主になるという相互所有形態をとっていることが特徴で、これによりファンドの大型化に連動して運用報酬が低減していく好循環が生まれている。

世界3位の運用会社フィデリティ・インベストメンツは、AUMでは上記2社に大きな差をつけられているが、同社が運用していない資産を含む顧客資産合計では11.8兆ドル(2021年末)とライバルを逆転する。今年3月に逝去したエドワード・ジョンソン3世前・会長が創り上げたデジタル・コンタクトセンター・対面の融合によるディストリビューション体制によって、口座数3,000万超のリテール部門と、確定拠出年金プラン(DC)・従業員株式購入プラン(ESPP)などの運営管理を行う職域部門(各種プランの加入者数はやはり3,000万を超える)が、退職前後世代の資産運用ニーズに応える形で成長を実現してきた。さらに、アビゲイル・ジョンソン現会長の下で若年層も意識して信託報酬無料ファンドや暗号資産など新たなプロダクトの提供にも力を入れ、再成長トレンドに乗りつつある。

チャールズ・シュワブも、リテール向けブローカレッジを基礎にプロダクト・サービスの多様化と複合型ディストリビューション体制の構築を進めてきたプレイヤーであり、2020年10月のTDアメリトレードの統合とコロナ禍下の巣ごもり投資需要でさらに巨大化、顧客資産は8.1兆ドル、稼働ブローカレッジ口座数3,316万件に到達した(どちらも2021年末時点)。一方で、顧客資産の45%前後はRIA(登録投資アドバイザー)向けのカストディ資産が占め、また預金残高4,500億ドル超(ちなみにシュワブは銀行持株会社の総資産ランキングで全米7位に位置する)、運用部門のAUM6,500億ドル超(ただしMMFとETFの比重が高い)など、複合的なプロダクト・サービスによって成長を実現してきたといえる。

上記4社の事業領域自体、いまや既存の枠組みで説明することが難しく、「投資サービス」と呼ぶべき独特の業態を形成していると筆者は理解しているが、各社の戦略からは「壁を越える」あるいは「壁の両側で稼ぐ」という共通の視点が感じられる。すなわち、銀行/証券、運用/販売(ディストリビューション)、アクティブ/パッシブ・ETF、自社チャネル/仲介チャネル(職域・カストディ)、非対面/対面など、既存の業態やプロダクト・サービス提供体制の「壁」を超えて成長戦略を構築し、さらには自前主義にこだわらずに戦略を実行するという取り組みである。8兆ドルクラブの成長戦略は、今後日本の関係者が2,000兆円の金融資産の運用高度化に取り組む上で、多くの発想を与えてくれるのではないかと思われる。

[参考文献]
  • ・岡田功太、下山貴史「フィデリティの信託報酬ゼロ戦略と米国資産運用業界のメガトレンド」『野村資本市場クォータリー』2019年春号
  • ・関 雄太「投資サービスの『プラットフォーマー』を志向する米国金融機関」『財界観測』2018年11月30日
  • ・関 雄太「さらに高次元で競争激化する米国リテール投資サービス業界」『財界観測』2020年9月30日

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