デジタル化による経済の好循環を期待

編集者の目2022年8月26日

野村證券金融経済研究所 シニアリサーチフェロー 海津 政信

野村證券金融経済研究所・経済調査部の分析によると、日本銀行、内閣府どちらの推計も日本経済の潜在成長率が底打ち、回復に転じたことを示しているとのことだ。このうち、日銀の試算結果によれば潜在成長率の上昇はTFP(全要素生産性)の改善に牽引されていると言う。

2021年後半からTFPが上昇し始めた理由の第1はデジタル化の進展のようだ。コロナ禍は企業の事業活動を営むうえで顧客・従業員の感染リスクを最小化することを求め、その結果半ば強制的に企業はデジタル化を進めた。こうしたデジタル化が功を奏し、経済活動再開につれ生産性改善効果が露わになり始めていると推測されている。第2は労働供給の抑制が関係しているようだ。安倍政権によるアベノミクス開始以降、高齢者や女性が労働市場に参入し、人口減少の中でも就業者が増えて経済の成長を支えてきた。しかし、コロナ禍では感染リスクの高い高齢者の就業率上昇が停滞した。これに代わって業務運営がデジタル化され、生産性上昇をもたらしたと考えることができるようだ。その意味では、菅政権でのデジタル化への取り組みが実を結びつつあるとの評価も可能だろう。

その意味で、岸田政権のデジタル施策が今後の日本経済の生産性、潜在成長率に影響を与えることになるだろう。そこで、政権のデジタル施策を見てみる。第1はデジタル田園都市だが、これはデジタル技術を積極的に活用し、地方の生産性を引き上げようという戦略である。ICTオフィスの活用、遠隔医療の実現、ドローンを活用した農業のデジタル化等、さまざまな試みがあるが、中長期で有望なのがMaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)である。具体的には、コロナ禍によって在宅勤務が増え都市部での鉄道事業の収益性が落ちてきたため、地方の赤字鉄道事業を抱えきれず、地方の鉄道を順次地域内を循環する自動運転バスに切り替えていくこと等が見込まれる。一人の運転手が4-5台のバスを中央監視所でコントロールすることで生産性が上がるものと期待されている。

第2は半導体の設備投資増、資本ストックの拡大による潜在成長率の押上げである。経済安全保障という視点が加わり大型の補助金が活用できるようになったことが大きい。具体的にはソニーのイメージセンサーに使われるロジック半導体を熊本に新設されるTSMC(台湾セミコンダクター)とソニーグループとの合弁工場で生産することで、ソニーの半導体の競争力強化と車載半導体を含む国内での生産・雇用の拡大が期待できる。同時に、世界トップの半導体企業の持つスピード経営は日本企業の生産性向上に結び付く可能性があろう。ついで急浮上してきているのが、日米連携で進める最先端の2ナノの研究施設建設と将来の量産工場建設である。米IBMが開発した2ナノ技術を日本の優れた製造装置技術、パッケージ技術と融合するのではと言われるプロジェクトであり、具体化が待たれるところだ。

第3はデータセンターの日本立地が活発になると予想されることだ。米中の経済・技術摩擦を背景に香港、台湾等での建設が難しくなり、日本再評価の高まりがある。データセンターは電力をかなり消費するため、中長期で再生可能エネルギーや原子力発電所の再稼働、次世代原子力発電所の建設とも連動していこう。TFPの向上というより資本ストックの拡大による潜在成長率の押上げが期待される。加えて、データセンターに大量に使われるDRAMの微細化の限界が迫っている。この弱点を克服する有力な手段が積層SRAMの開発、生産であり、日本がこれに成功すれば、キオクシアが持つNANDフラッシュに加え、新たな半導体メモリーが加わり、半導体産業の厚みが増そう。

第4はデジタル庁設立による行政、公共サービスのデジタル化である。具体的には、地方公共団体がガバメントクラウド上に構築された基幹業務等のアプリケーションをオンラインで利用することにより、従来のようにサーバー等のハードウエアやOS、ミドルウエア・アプリケーション等のソフトウエアを自ら管理することが不要になり生産性が上がる。またマイナンバーカードが普及し、健康保険証や運転免許証のマイナンバーカードへの移行が見え始めている。公共サービスのワンストップ化による生産性向上効果は小さくないだろう。

以上、岸田政権のデジタル関連施策を見てきたが、デジタル化による生産性向上、資本ストックの拡大による潜在成長率の底上げが今後も期待しうることが分かる。これにEV(電気自動車)、水素関連等のグリーン成長、スタートアップ企業の育成、大学の研究開発力の強化、資産所得倍増プラン等が進められよう。こうして日本経済の中長期的な成長力の引上げとデジタル化による生産性上昇、賃金上昇が組み合わされると、少子化問題等も横たわり簡単ではないが、日本経済の好循環、再生に一歩近づくことになる。その意味でも、安定的な政権運営が実現できることを望みたい。

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