情報開示-求める以上は活かす責任があるはず

編集者の目2022年10月11日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 許斐 潤

ちょうど1年前、2021年10月の岸田総理の所信表明演説で四半期開示の見直しが言及され、市場関係者に少なからぬショックが走った。四半期決算がなくなってしまうかもしれないと危惧されたからである。2022年春の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループは、サステナビリティ、コーポレートガバナンスと並んで、四半期開示も議論された。2022年6月に公表され同ワーキング・グループ報告では、四半期決算を巡る多様な見解を併記しつつも、「法令上の四半期開示義務(第1・第3四半期)を廃止し、四半期決算短信への一本化を進める」という方向性が打ち出され、この段階で市場関係者は大きく胸をなでおろした。取引所の開示規則としての決算短信で四半期決算開示は存続する流れになったからである。ただ、四半期決算が取引所規則に一本化されるにあたっては開示が義務化される企業の範囲、開示の内容、強制力や保証の担保などテクニカルな課題が残された。

さて、日本証券アナリスト協会は去る2022年10月7日に「四半期開示の見直しに関するアンケート」の結果を公表した。これは財務諸表利用者である投資家・アナリストの意見を確認する意図で行われたものである。詳しい内容は同協会のホームページを参照して頂きたいが、アンケート結果のポイントは以下の通り。第1に、「開示が義務化される企業の範囲」としては全上場企業を対象として欲しいという声が2/3を占めた。第2に、「開示の内容」に関しては、現行の決算短信は速報性の観点から簡素化されている部分もあるが、一本化にあたっては現行以上か少なくとも現行並みという希望が殆ど(95%)だった。第3に、「強制力や保証の担保」については、第1、第3四半期については監査人によるレビューは不要の見方が過半を占めた一方、第2四半期(従前の半期決算に相当)は監査人による中間監査またはレビューが必要との意見が73%と大多数であった。つまり、現役の投資実務者は投資判断上、四半期決算での情報量では譲れないが、第2四半期で保証が担保されるのであれば、第1・第3四半期は速報性を重視している。これは筆者自身がアナリストとして活動していた頃の皮膚感覚とも合致する。

ここでアンケートから離れて、筆者の個人的な見解について述べてみたい。四半期決算開示は投資家・アナリストの短期志向を助長していると、財務諸表作成者の一部に否定的な意見があることは確かである。しかも、今後、気候変動、人的資本、自然資本…と企業に対する情報開示要求は高じる一方で、企業の負担感は非常に重い。しかし、多くの投資家は四半期決算を短視眼的な投資行動の契機として見ているわけではない。頻度高く事業計画の進捗を確認して必要な軌道修正をかけることは、いわゆるPDCAサイクルの運営の要である。しかも、投資家は企業の振る舞いを受動的に観察・評価するばかりではなく、建設的な対話を通じて企業価値創造を協(共)創していくというのが、今節の主流の考え方である。従って中長期投資の観点からも、投資家・アナリスト側にも量と頻度で「対話」に十分な情報が必要となる。ただ、企業側の負担への配慮も必要で、上述の3つ目の論点(第1・第3四半期のレビュー不要)はその文脈でとらえるべきであろう。さらに言えば、一方でルールとして義務化される作業「量」、つまり企業にとっての負担はなるべく軽くあるべきではないか。他方、企業は規則準拠の形式主義を脱し、各社が任意に創意工夫を凝らした情報開示によって市場参加者に自社への理解を深めて貰えるよう「質」の向上を目指して頂きたい。投資家・アナリスト側は、そうした開示姿勢の「質」も企業価値の要素として評価するべきではないか。理論的にも、開示の質が向上して業績予想の予見可能性が高まれば、割引率が低下して企業価値は拡大するはずである。

さらに、高いレベルの開示を要求する以上、投資家・アナリスト側にも相応の責任が発生するのではないか。筆者は、財務諸表作成者の間に「アナリストはあれも出せ、これも出せと言うが、本当に有用な情報として活用しているのか」という不満があることを承知している。折しも2022年9月28日の日本経済新聞は「監査の重要項目 KAM、企業の4割で前例踏襲」と伝えている。記事では監査人側の問題というニュアンスで伝えているが、むしろ問題はKAMを投資判断に活用したり、適切にフィードバックしたりするようなコミュニケーションが投資家・企業・監査人の間にあったのかということが問われるべきだろう。情報開示を要求する以上は、活用する責任を伴う。投資家・企業・監査人の相互作用により企業価値を創造し、その累積効果として健全な資本市場を作り上げていくという命題を、自らへの戒めの意味もこめて主張したい。

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