ドイツに見習うレジリエンス

編集者の目2023年1月24日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 許斐 潤

ドイツ経済の苦境が伝えられている。2022年中の実質GDP成長率は1~3月期が前期比0.8%、4~6月期同0.1%、7~9月期同0.4%、ifo研究所の推計では10~12月期は▲0.3%となった模様である(22年12月14日発表)。同研究所によると2022年通年の実質GDPは1.8%成長の後、2023年は年間で▲0.1%と予測されている。数字の上だけではなく、政策面でも迷走が伝えられている。エネルギー価格高騰に端を発した高インフレに対して、ドイツは22年9月に2,000億ユーロ(28兆円)規模のインフレ対策(光熱費補助など家庭への支援)を打ち出した。欧州各国も国内エネルギーの価格の高騰抑制や低所得者層への減税・給付金などを打ち出しているが、財政的な制約のある欧州各国の対策は数十億ユーロ規模にとどまる。財政に余裕のあるドイツのインフレ対策は規模が頭抜けている。EU内でドイツの家計、企業だけが恩恵を受けるのであれば「EU単一市場の公平さが損なわれかねない」との懸念が周辺国から寄せられている。EUの枢軸である独仏は、一時、前例のない緊張関係にあると言われていた。22年10月の首脳会談後に共同記者会見が開催されなかったし、両国の国会議員による協議もストップした。EUあってのドイツのはずなのに、EUそっちのけで内向きになっているというのだ。

英米のメディアはドイツの現状を「エネルギーをロシアに過度に依存」し、「(輸出)市場を中国に過度に依存」した自業自得である、と整理する傾向がある。確かに、そうした面は否定できない。しかし、結果だけから後講釈的な評価を下すのはフェアだろうか。2010年代初頭、地球温暖化対策から石炭火力の廃止を計画し、日本の原発事故をうけて原子力も停止すると決め、情報通信革命で米国企業の風下に置かれ、他方で中国市場の急成長に接した時、それ以外の選択があっただろうか。話は違うが、米国メディア大手のウォルト・ディズニー社が、アクティビスト投資家のネルソン・ペルツ氏から攻撃を受けている。曰く、17年のディズニーによる21世紀フォックス社の買収(710億ドル)が過剰負債・業績低迷・株価下落の原因だというのである。しかし、当時ネットフリックスなどと激戦を演じていた動画ストリーミング市場で、フォックス傘下のフールーが競合のコムキャスト陣営に組み込まれるのをみすみす見逃すことができたのか。その時点ではディズニーに議論の余地はなかったのではないか(23年1月20日付けFT紙)。結果が分かってからでは、どんな論評も可能である。

前段のようなドイツに対する批判的な議論とは逆に、最近、ドイツに関して筆者を驚かせたニュースが二つある。一つは、2022年9月、10月のガス消費量が18年~20年の同時期平均に対して4分の1減少したことである(22年12月6日付けWSJ紙)。政治家や自治体首長も強く耐寒生活を呼び掛け、議会の室温を18℃に設定している州もあるという。多くのドイツ人は質素・倹約を国民的な気質だと感じているそうで、SNS上では耐寒自慢が賑わっていると伝えられている。二つ目のニュースは、LNG輸入ターミナルと国内のガス供給網を接続するパイプラインの埋設を22年3月に着工して、年内に完成させてしまったことである(22年12月9日付けWSJ紙)。これは通常なら5年はかかる難工事で、しかも想定外の土壌汚染対策や、高すぎる地下水位への対処、カエルやコウモリを保護する環境規制対応を取りながら成し遂げたとのことである。このスピード感と実行力。これらのニュースに触発されることは、国難にあたっての当事者意識、責任感、自己犠牲の精神、団結力、意志力、遂行力、粘り強さ…。要するに「人としての底力」である。我々もこうした徳目を備えていると、胸を張って言い切れるだろうか。

確かにドイツは2010年代の中ロ依存という判断は結果的には間違っていたと言われても仕方ないが、その後のリカバリーは速く力強い。これが正に、最近よく言及されることのあるレジリエンス(回復力、復元力)ということであろう。10年代の判断にしても、その時点では中ロに「全振り」することが卓越戦略だったとも言えよう。ドイツが欧州のど真ん中という立地や工業力をもってすれば敢えて危ない橋を渡らなくても、欧州の中ではそれなりに上手くやっていけたはずである。しかし、「それなり」に安住せず、「さらに一段上の」繁栄を求めて思い切った手に打って出たと考えることは出来ないか。ここが潔い。人生も企業戦略も国家運営も「失敗しない」を是とするのではなく、積極的に「成功を狙って」他とは違う大胆なアクションを起こしたいものだ。その保険がレジリエンスであり、その実態は「人の底力」だといえそうである。よって、これも最近流行りのリスキリングに限らず、精神力も含めて自分を磨き続けなければならない。

2023年1月22日に独仏首脳は再び会談し、米国のインフレ抑制法にどう対応すべきかを議論した上、共同記者会見も開催された。

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