資本市場の米中デカップリングの行方

編集者の目2023年2月20日

野村資本市場研究所 常務 関 雄太

米中経済のデカップリング(切り離し)と言えば、半導体など戦略物資の供給網からの中国除外の動きの他、米国企業や重要インフラに対する中国からの投資・M&Aの制限あるいは機微技術の流出防止に係る法規制などが大きな話題となっている。一方で、資本市場分野における米中デカップリングの可能性については、日本国内でさほどの注目を集めていないようである。しかし、特に中国企業の米国上場とその廃止を巡って、両国当局が進めている規制変更や政策は、投資家に大きな混乱をもたらしており、今後も米中双方の資本市場に重大なインパクトをもたらす可能性を秘めている。

まず米国側から経緯を見ると、第1フェーズは、2020年に発生したラッキンコーヒーの粉飾決算とその後のナスダックから同社への上場廃止通告という形で顕在化した。第2フェーズの動きとしては、米国政府が発出した中国軍関連企業への投資禁止と連邦公務員年金基金による中国株投資禁止が挙げられる。前者はトランプ政権終盤の大統領令(2020年11月)、後者はバイデン政権初期の大統領令(2021年1月)によって打ち出されたものである。さらに、2020年12月に成立した外国企業説明責任法(HFCAA)では、米国の証券取引所に上場する外国企業に対して、外国政府の支配・管理下にないことの立証義務を課すとともに、公開会社会計監督委員会(PCAOB)が監査を実施できない状態が3年連続で続いた場合に当該企業の証券の取引を禁止できる措置が明文化された。

その後、2021年5月にニューヨーク証券取引所(NYSE)が中国の大手国営企業3社(中国移動、中国電信、中国聯通)の上場を廃止すると決定した前後から、上場中国企業に対する米議会や当局による圧力が強まっていくこととなった。

同じ時期に、中国側でも、情報流出防止などの観点から米国に上場するハイテク企業に対する審査・規制を強化し始めた。象徴的な事例は配車アプリ大手の滴滴出行(DiDi)で、中国当局は同社が2021年6月30日にNYSEに上場した直後に国家安全法などに基づく審査を宣告、一連の処分と監督強化を実施した後、事実上の米国上場廃止を要請するに至った。これを受けてDiDiは2022年5月の株主総会でNYSE上場廃止を決定している。

一種の緊張が高まったのは2022年夏である。8月12日には、中国国有企業5社(中国人寿保険、中国アルミニウム、中国石油化工、中国石油天然ガス、シノペック上海石化)がNYSE上場を廃止する計画を発表した。ナンシー・ペロシ米下院議長による台湾訪問(8月2日)などの情勢もあったことから、中国企業が一斉に米国から締め出されるなどの混乱が起きるのではとの懸念が関係者の間で高まった。しかし実際には、2022年8月26日、PCAOBと中国金融当局が米国上場中国企業の監査情報の検査について協力することで合意したと発表し、不確実性はひとまず払拭されることになった。

なぜ、中国企業の米国上場廃止がこれほどの注目を集めるのか。一言で言えば、米国の資本市場における中国企業のプレゼンスが大きいからである。米中経済・安全保障調査委員会(USCC)の資料によると、2023年1月9日時点で米国に上場している中国企業は252社で、合計時価総額は約1.03兆ドルに達する。つまり、国有企業のほとんどが上場廃止した現在も、多くの中国企業が米国に上場し、多数の機関投資家・個人投資家がエクスポージャーを有している(注)。また、これらの中国企業の多くがテック関連で、セコイアキャピタルなどの米国ベンチャーキャピタルがアーリー段階で出資しており、だからこそ中国企業がNYSEあるいはナスダックに新規公開(IPO)して投資回収するという一種の成功パターンが形成されていたわけである。したがって、諸々の状況を考えると、250社余りの中国企業が一気に米国上場を廃止するというのは現実的ではなく、仮にその方向に進むにしても相当時間がかかることが予想される。

また実際には、米国上場廃止やデカップリングが急激に進展しては困るという中国側の事情もある。ハイテク関連企業の資本調達の停滞はもちろん、米国市場における流通株式の買い戻しを求められる場合、中国から海外への資金流出や外貨準備の大幅な減少といった問題につながりかねない。また、機関投資家が育っていないことやIPO時の株価の乱高下など、中国国内の資本市場が未成熟であることも、根本的な問題と言える。

とはいえ、中国当局が昨今の状況を奇貨として香港への上場移転、上海・深圳・北京における新興市場整備、IPO制度改革などの市場活性化策を進めていく方向性も見え始めている。そうなると逆に、特別買収目的会社(SPAC)を除けばIPO件数が低迷していた近年の米国資本市場の構造変化が際立ってくる可能性もあり、中国企業の米国上場の行方は、金融センターとしての米中の位置づけあるいは投資マネーの国際的なフローにも影響を与える重要なファクターとして注視していくべきと考えられよう。

2022年末時点では米国に上場していた中国南方航空、中国東方航空の2社も、2023年1月13日には上場廃止の意向を明らかにしたため、同年2月以降は米国上場の国有企業はゼロとなる。

[参考文献]
  • ・関根栄一「米中上場摩擦の激化回避と中国企業の海外上場を巡る動き」海外駐在員レポート(2023年2月16日)

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