AIを使いこなして、アナリストを解放したい

経済金融コラム2023年4月11日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 許斐 潤

既にお気づきの読者もいらっしゃるだろうが、今年に入ってから本コラムには新執筆陣が参加している(3月22日付け「『日経STOCKリーグ』から学ぶ」、3月31日付け「金融教育が投資行動に与える効果」)。新たに参加した執筆陣は言わば社内寄稿者で「財界観測」の編集に携わっているわけではないので、従前の「編集者の目」というコラム名はやや実態とは乖離することとなった。そこで、年度が改まった今回から「経済金融コラム」と衣替えすることとした。内容は旧執筆陣に加えて企業・産業分析、マクロ経済予測、クオンツの知見を備えたベテラン・リサーチャーが、各自の分析・意見、論評、提案などを、正規のリサーチ・レポートとは少し違った立場から自由に論じることになろう。今後とも、是非「経済金融コラム」をご愛読頂きたい。

さて、筆者が証券調査(筆者はいわゆる証券アナリストが振り出し)業務に携わってから2023年4月で39年目に突入した。もちろん、今は現役のアナリストではないが、筆者の肩書通りアドバイザー的立場で調査業にはかかわり続けている。この40年近い年月でプラザ合意、前川レポート、不動産バブル・バブル崩壊、冷戦終結、グローバル化、ネットバブル、超円高、アベノミクス、ESG投資…と調査対象の産業・企業を巡る環境は目まぐるしく変化を続けてきた。しかし、アナリスト業務の基本動作はあまり変わってこなかったと言える。有価証券報告書などの資料調査・分析、仮説設定、取材を通じた仮説検証、レポート作成、顧客(投資家)とのコミュニケーション、決算の洗礼、新たな分析、仮説の修正…の繰り返しである。特にこの20年ばかりはアナリスト間の競争激化、顧客数の拡大、ニーズの多様化などもあって、アナリストは超多忙を極める。他方で働き方改革など、時代の要請、法令諸規則にはきちんと対応しなければならない。筆者も管理職時代には、何とかアナリスト業務の効率化、負担軽減を図ろうとしてきた。情報技術を活用した一部業務の自動化も試みたが、当時の技術では高度化する機関投資家の要請に応えられるようなことは出来なかった。

そこにChat-GPTである。新しもの好きの性分から早速使ってみた。もちろん、データ流出などの懸念も指摘されていることから、個人のPC環境上のみで利用し、かつ業務上知り得た知識やデータの入力は行わない。ある企業の過去の決算傾向といくつかの前提条件をインプットしたら業績予想などに使えるのではないかなどと夢想しているが、今のところ、控えている。ちなみに、Chat-GPTに「Chat-GPTは株価予想に使えるか」聞いてみたら、「株価予想は…市場の動向や投資家の感情など複雑な要因に影響を受けるため、Chat-GPTだけでは株価予想を行うことはできません」ということであった。

Chat-GPTに「Chat-GPTをアナリスト業務に活用する利点と欠点」を聞いてみたら、「利点としては、(1)情報収集(膨大な情報を瞬時に収集)、(2)情報の整理と分析、(3)分析・予測精度の向上」、「欠点は、(4)トレーニングされたデータに基づく予想しかできない、(5)機密情報リスク、(6)信頼性の問題」を挙げてきた。これに対して2023年3月8日付の日本経済新聞はパナソニックコネクトが社内ネットワーク内のみでChat-GPTを利用できるようにして情報漏洩を防ぐ、と報じている。これで(5)のリスクは管理できそうである。また、(4)の限界に関して、一般にアナリスト・レポートは証券会社顧客向けにID、パスワードでアクセス管理されたウェブサイトに掲載されることが多いので、公開情報としてAIが学習できないことに起因しているかも知れない。もしそうなら、これも社内ネットワークだけで、自社の過去レポートを十分に学習させることができる可能性がある。過去レポートは「答え合わせ」もできているので、予想精度を上げられるとも考えられる。(6)はもとより、ファクトチェックも含めて人間による確認・査読が必要なことは当然である。

こう考えると、(4)~(6)の欠陥は種々の手当てでカバーすることができそうである。他方、他の一部専門職と同様にAIがアナリストにとって代わる、アナリストが職を奪われてしまうという懸念もあり得る話ではある。しかし、(6)のリスク対応で企業分析・評価に関する知識や業界知見を持った専門職は必要である。また、アナリストは誰もが理論的に考えれば普通に辿り着くような共通理解を売っているわけではなく、根拠を持ったアウト・オブ・コンセンサスで勝負しているので、インターネット上に存在している真っ当な情報を集約しても競争力のあるアナリストにはなり得ないのではないか。(4)~(6)のリスクを制御して、(1)~(3)のメリットを生かせるなら、是非、AIをアナリストの負担軽減と心身の健康に役立てたい。しかし、いくら省力化といってもレポート執筆をChat-GPTに丸投げするようでは自分で自分の首を絞めるようなものである。Chat-GPTを有能なアシスタント、意見構築のコーチ、理論を研ぎ澄ますための壁打ちの相手として使えるような仕組みが作れたら、アナリストの生産性は大いに向上すると期待できる。

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