「変えられる」日本企業

経済金融コラム2023年6月8日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 許斐 潤

日本株の上昇が止まらない。日経平均株価は23年3月16日の日中安値26,632円から、本コラム執筆中の6月7日午後の場中高値32,708円まで3カ月弱で22.8%上昇した。日本経済新聞では4月に米著名投資家ウォーレン・バフェット氏が来日した前後から、「海外投資家の日本株を見る目が変わってきた」というような論調の記事が目立ち始めていた。当社の藤ストラテジストのレポート「日本株フローモニター」によると、22年10月以降、海外投資家は現物買い越しに転じ、その傾向は23年4月より鮮明になったとのことである。確かに、海外投資家の現物売買動向は22年1月~9月まで累積で3.5兆円の売り越しだったが、同10月~23年5月第4週では3.7兆円の買い越しに転じた。上述したバフェット氏以外でも、大手ヘッジファンド、ポイント72を率いるスティーブ・コーエン氏が日本での投資体制を拡充する方針を表明したり、PEからクレジットまで手掛ける老舗ファンドKKRの投資責任者ヘンリー・マクベイ氏が「日本市場に強気」と発言したりしている。直近では、運用資産10兆ドル(日本のGDPの2倍)という世界最大の資産運用会社ブラックロックのラリー・フィンク会長が来日し、6月6日に岸田総理大臣と面会したと伝えられた。百戦錬磨の投資の達人たちが挙って日本に注目している以上は、「何かを嗅ぎつけた」と考えたくなるのも無理はない。

翻って日本の事情を顧みると、「思い当たる節」はいくつかある。(1)大企業の春闘の5月段階の妥結状況は賃上げ率が3.91%と30年ぶりの高水準、(2)「異次元の少子化対策」や「新しい資本主義実行計画」に見られる政策展開の非連続「感」、(3)東京証券取引所が「…資本コストや株価を意識した経営の実現に向けて重要と考えられる対応…上場会社のみなさまに積極的な実施」をお願い(いわゆるPBR(株価純資産倍率)1倍割れ改善要請)、(4)永らく世界のテック株から置いてきぼりだった一部の半導体関連銘柄などの、世界的な生成AIブームに乗った動意、(5)日経報道によるとこの6月総会での株主提案数は82社と過去最高になったこと。

他方、2013年前半のアベノミクス相場では1日の出来高が40~50億株に達して「本当に何か起こる!」と感じられたが、足元の出来高はせいぜい1日10億株強で1年前から大して変わっていない。本当の地殻変動が起こっているにしては、手ごたえがなさ過ぎる。また、少し斜に構えた見方では、アメリカの景気後退懸念や金融不安、中国の景気回復のもたつきや輸出規制の影響、欧州での戦争やストやデモの頻発など、世界各地はそれなりに問題を抱える中、状況が20年間比較的変わっていない日本が消去法的におカネの行き場になっているというような声も聞こえている。しかし、冒頭示したように日経平均は3月半ばから直近まで23%高、米国のS&P500指数は同時期に11%高、欧州のSTOXX Euro600指数は4%高、中国のCSI300指数は3%安と、日本株の独り勝ちなのである。何故か?

2013年からのアベノミクスの「三本の矢」相場でも日本が変わるかも知れないという期待は強かった。さらに2014年の日本版スチュワードシップ・コード、2015年のコーポレートガバナンス・コードに基づいて、コーポレートガバナンス改革は遅々とながら着実に進行してきた。その意味では、日本企業の変化への期待は時代の通奏低音としてずっと響いていた。でも、それは日本企業が「変わる」かも知れないという、投資家から見ればあくまでも受け身の対応だった。そして、「期待はするが、一定時間で変わらないなら他所へ行く」というのが投資家の選択肢だった。

ここで、上述の(5)株主提案に再度注目すると、ここ数年の動きとも少し違っていることがある。従来、企業寄りと思われていた日本の金融機関系の資産運用会社が株主提案に賛成したり、提案を受けた事業会社もこれまでより真摯に株主提案を受け止め、株主と協議する姿勢に転じたりしていることである。今、起こりかけているのは投資家が企業の「変わるのを待つ」のではなく、企業は働きかけで「変えられる」という気づきではないか。変わるか変わらないかは、投資した時点では(決まった確率で)どちらかしか起こらない賭けである。しかし、そこに「株主提案で確率を変えられる」というオプション価値がついたと言えるのではないか。それが株価に反映され始めたとすれば、「なるかならないか」はやってみないと分からないが、「やってみよう」というマネーはまだまだ入ってくる余地があるのではないだろうか。

6月7日終値は大幅安となった。

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