ビッグデータ・注意と期待

経済金融コラム2023年7月3日

野村證券金融工学研究センター エグゼクティブディレクター 大庭昭彦

フェイク・アルファと言う言葉がある。統計的に精緻とはいえない方法をもとにしたアルファ(超過リターン)のことで、当然再現性も期待できない。昨今のビッグデータやAIを使った機械学習の流行で、従来なかったような規模で定量的な証券分析を扱う分野が広がっている。このこと自体は歓迎すべきことだが、あまりにも多くの分析の中には基本的な統計処理や解釈について問題のあるものも少なくない。真のアルファも増えているかもしれないが、フェイク・アルファも同時に増えているかもしれないということである。フェイク・アルファを生むポイントは統計・集計作業のさまざまなレベルに存在しているが、最も基本的でわかりやすいものは「相関関係」と「因果関係」の混用だろう。
例えばAとBの2種類のデータの関係を見て、Aが大きな時にはBも大きいと言った「相関関係」があったとする。その時にAが大きいからBが大きくなったのだと言う「因果関係」にジャンプしてしまうという誤りはよく見られる。この点をわかりやすく解説したベストセラー『「原因と結果」の経済学』(中室・津川、2017年)では、「相関関係」と「因果関係」の間を埋める3つのチェックポイントとして、
(1)「まったくの偶然」ではないか
(2)「第3の変数」は存在していないか
(3)「逆の因果関係」は存在していないか
があるとしている。例えば(1)については、年間の「ニコラスケイジの映画出演本数」と「プールの溺死者数」の間、または、「ミスアメリカの年齢」と「暖房器具による死者数」の間にある強い相関は、どうみても因果関係を基にしているとは思われない。(2)の典型は日本の小学生の体力テストと学力テストの点数の間の強い相関である。体力が高いほど学力が高いのだから体力をつけようという向きもあるかもしれないが、実際のところは第3の変数である「親の教育熱心さ」が両方の変数に影響しただけと考えるのが自然だ。また(3)の典型としては地域別の「警察官の数」と「犯罪の発生件数」の間の強い相関がある。これを見て警官が多いから犯罪が発生するのだと「推論」する人はいないだろう。もちろん、因果関係は逆で、犯罪が多いから警官が多く配置されるのである。
3つのチェックポイントを定量的に調べるために、原因となる事象が起こった時の「事実」と、事象がおこらなかった時の「反事実」を比較することが必要だが、リアルに「反事実」のデータを得るのは難しい。これに近い結果を得る方法として、ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial、RCT)、自然実験、疑似実験などが利用されている。RCTでは、特定の政策的な介入を受けた人と受けなかった人を各数万人単位でランダムに選び、その後の人生を追跡して影響を比較するという息の長い作業が行われる。RCTはランダムな選択を体系的に行うという準備の部分が特に困難な手法だが、それゆえに価値が高く、2019年のノーベル経済学賞がRCTを用いた貧困緩和策の研究に贈られている。
ビッグデータを用いた「予測」と「因果推論」の困難さと、その工学的な対応手法については2020年5月に証券アナリストジャーナルで「金融のデジタル化とデータサイエンス」というテーマで特集を組んだ際に、早稲田大学の宮川教授が「ビッグデータ分析の金融実務への実装~予測と因果推論を用いた実務課題の解決~」で詳しく解説されている。宮川氏は機械学習の得意・不得意を踏まえた上で、例えば予測をAIだけ、人間だけにさせるのではなく、得意なタスクを夫々に割り振って、結果を組み合わせるのが良いというアイデアも紹介している。この試みはまず、「パーソナルで専門性が高いサービス」の典型である医学分野で始まっているが、金融やその他の領域でも似た問題、例えば個人向けの投資アドバイスなどから進んでいくことが期待される。パーソナルなサービスの満足度を高めるための研究は、従来なかったような規模の個人データを使ったヒトの反応の研究であり、金融関連では「行動ファイナンス」の分野で進んでいるからである。実際に、先行してAIだけによる投資アドバイスの提供サービスが進んでいた米国で、特に富裕層ではロボのアドバイスに人のアドバイスと組み合わせた方が顧客満足度が高いことがわかってきたために、ハイブリッドなサービスが主流になってきている。国内でも、こうした研究の進展とサービスの進化が継続して期待される。

[参考文献]
  • 中室・津川『「原因と結果」の経済学』ダイヤモンド社2017年2月
  • 宮川「ビッグデータ分析の金融実務への実装~予測と因果推論を用いた実務課題の解決~」証券アナリストジャーナル2020年5月
  • 大庭「金融データサイエンス入門・シリーズ企画の狙い」証券アナリストジャーナル2023年7月
  • 大庭「新しい投資アドバイス手法と行動ファイナンス」財界観測2016年4月

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