巣ごもり投資ブームの終焉とミレニアル世代の資産形成

経済金融コラム2023年7月24日

野村資本市場研究所 常務 関 雄太

米国市場には、新型コロナウイルス感染症が猛威をふるった2020~2021年からバック・トゥ・ノーマル(正常化)やインフレ・利上げの影響が顕著となった2022年にかけて、価格の急騰と暴落を経験した銘柄や投資対象が多い。仮想通貨やSPAC(特別目的買収会社)でも乱高下が見られたが、異常な価格の動きといえばミーム株(Meme Stock)を忘れることはできない。ミーム株とは、ツイッターやインターネット掲示板レディットなどのソーシャルネットワーク(SNS)上のコミュニティで、個人投資家に熱烈に支持される個別株のことである。ミーム株は、ファンダメンタルズによって注目されるのではなく(むしろ業績低迷やビジネスモデルの劣化などに直面している銘柄が多い)、SNSで話題になると突然、個人投資家やヘッジファンド等が入り乱れて売買が活発化し、株価が乱高下するとされる。また、こうしたミーム株の取引は、ロビンフッド・マーケッツをはじめとした、残高ゼロから可能な口座の開設、端株取引、ブローカレッジ手数料無料などを特徴にしたトレーディングアプリに支えられていたと考えられる。
ミーム株やテーマ型ETFは、コロナ下の行動制限や現金給付などを背景に盛り上がった巣ごもり投資(Nesting Investment)の中核ともいえる投資対象であり、そのブームは、ゲーミフィケーション(コンピューターゲーム感覚で金融商品取引を行う行動)と批判されながらも、米国株式市場において過去30年余り続いてきた機関化現象の終焉を意味すると指摘された。資金循環統計で企業株式の投資主体別残高比率を見ても、2021年には家計部門のシェアが1999年以来となる40%台を回復するなど、証券投資の民主化を感じさせる事象が観察されていたのである。
しかしその後、2022年には、ナスダック指数が年間で30%以上の下落を記録するなど、ほとんどの市場セグメントで2008年のグローバル金融危機以降で最大となる株価下落が発生した。個別株でも、フェイスブックを運営するメタ・プラットフォームの株価は2022年に年間でマイナス64%、テスラの株価はマイナス65%を記録した。2023年は一転してハイテク株を中心に株価回復が顕著だが、近年の乱高下を踏まえて、米国個人投資家の投資行動は今後、どのように変容していくと考えるべきだろうか。
トレーディングアプリの手軽さや成長期待の高いハイテク株の存在などが、引き続き個人投資家の活発な市場参加を促すとする考え方もある一方で、ロビンフッドの月間アクティブ・ユーザー(稼働投資家)数が2021年第2四半期の2,130万人から2023年第1四半期には1,180万人に減少するなど、一時的あるいは投機的なブームは終わったとの見方も有力である。こうした中で、デモグラフィックな構造が引き起こす変化、特にミレニアル世代の行動が重要な鍵を握るのではないかと思われる。1981年から1996年に生まれたミレニアル世代の人口は、米国で6,788万人(2022年時点推定)とベビーブーマー世代の人口(1946年~1964年生まれ、6,859万人)に迫っており、数年以内に逆転して米国最大の人口階層となることが確実である。ミレニアル世代の真ん中に相当する1988年生まれは2023年には35歳に到達するが、コロナ禍の間に家族構成が変わったり、教育費・住宅ローンなどの負担に直面したりするようになっている状況を考慮すれば、ミレニアル世代が数年前と同様に投機的な取引を熱心に行うとは考えにくい。
一方で、ミレニアル世代の勤労者層が、コロナ禍前後の市場変動を経験し、長期安定的な資産形成の必要性に目覚め、401(k)プランなどの確定拠出年金(DC)などを活用して積立型の投資に力を入れる可能性は、十分に考えられよう。実際、同じトレンドは過去の米国でも発生している。すなわち、1980年代前半に普及が進んだ米国のDCプランの裏側には、当時30歳代に突入したベビーブーマー世代の企業勤労者や公務員たちがおり、彼らの資産形成行動が、企業株式保有主体としての投資信託のシェア上昇や、投資信託市場規模の長期的な拡大を牽引したと考えられるのである。ミレニアル世代が、今後DCプランで積み立てる対象が、かつてのベビーブーマー世代のように伝統的な投資信託ではない可能性もあるが、継続的な資金流入がミレニアル世代から発生することは、米国の資産運用業界にとって大きな変化と機会をもたらすのではないだろうか。
ミーム株ブームの頃、米国の若者たちが「OK Boomer(ベビーブーマー世代は黙ってて、ブーマーにはうんざり、といった意味)」などの言葉で、旧世代の考え方やライフスタイルを揶揄することがSNS上で大流行した。それを思えば皮肉なことかも知れないが、ミレニアル世代が、ベビーブーマー世代のような真面目な資産形成行動をコツコツと行うことによって、短期的なミーム株の騒動以上に大きな影響を、しかも長期に渡って米国金融市場に与えていく可能性は日に日に高まっているといえよう。

[参考文献]

岡田功太「コロナ禍で加速する米国リテール証券業界のデジタル化」『野村資本市場クォータリー』2020年夏号

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