テイラー・スウィフト

経済金融コラム2023年8月14日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 許斐 潤

2023年8月2日付け日本経済新聞夕刊の「歌姫は景気浮揚の女神か」というコラムで、歌手のビヨンセによるコンサートがとてつもない経済効果が生じていると紹介されていた。コンサートに限らずホテル、美容院、レストランなどへの波及効果があり、「ビヨンセ・バンプ」(バンプ=上昇、押し上げ)なる言葉も生まれているそうだ。同コラムでは中央銀行もコンサート経済に関心を寄せているというくだりで、やはり歌手のテイラー・スウィフトにも言及していた。筆者自身はその時点では「ふ~ん」程度に読み飛ばしていたが、そう言えば、ここのところ英米経済紙のFinancial TimesやWall Street Journalで彼女に関する記事が多いなぁ、とは思っていた。もちろんテイラー・スウィフトは有名な歌手なので名前は知っていたし、7~8年前に家庭教師のコマーシャルで使われていた「Shake It Off」は聞いたことがある。しかし、その程度の知識しかなかった。ちなみに検索してみると、2023年7月以降だけでFTには7件、WSJにも5件の記事が見つかった。音楽や芸能関係の新聞・雑誌ではなく世界的経済紙に、しかも小さな消息記事ではなくかなりの紙面を割いた特集記事がこれだけの頻度で組まれているのである。これらの記事をいくつか読んでみて、驚いた。

ニューヨーク大学の音楽ビジネス・プログラム・ディレクターのラリー・S・ミラー氏によると、米国成人の53%がテイラー・スウィフトのファンで、しかも16%は「スウィフティーズ」と呼ばれる熱狂的なファンなのだそうだ。2023年3月から24年の8月まで予定されているコンサート・ツアーの売上は、史上初の10億ドル規模になる見込みだそうである。ちなみに、これまの記録はエルトン・ジョンの8.9億ドルだった。このコンサート・ツアーのチケット発売日には、需要が多すぎてチケット販売大手のチケットマスター社のシステムがダウンして、国会沙汰にまでなった。コンサート予定地では、一時的に都市や道路の名前を「スウィフト」にちなんだものに変更するところが相次いだ(実際に標識が掛け替えられた)。さらに、7月第3週には、女性アーチストとして初めて最新アルバムを含む4枚のアルバムがトップ10チャートに同時ランクされた。

このストリーミング時代に彼女の場合はCD、ビニール盤のレコードが売れるのである。この点については2014年に彼女自身がWSJにアーチストとしての信条を寄稿している。”For Taylor Swift, the Future of Music Is a Love Story”(2014.7.7)によると、音楽をストリーミング・ファイルとして切り売りするのではなく、ミュージシャンとファンとの絆としてアルバム制作・販売に注力したいとしている。ストリーミングといえば彼女は、音楽は芸術であり価値あるものであるという考えから、2017年までストリーミングには楽曲を提供していなかった。また、楽曲の著作権はアーチストにあるが、録音の原盤権はレコード会社にあるというビジネス慣行に抗って、初期のアルバムを本人の権利の下で再録音している。このように、音楽ビジネスのあり方そのものにも確固たる信念をもって臨んでいる結果、彼女の正味財産は5.7億ドル(約800億円)に達しているそうである。冒頭の「ビヨンセ・バンプ」と対になる表現としては「Tスィフト・リフト」(リフト=高揚する、向上する)などと言われている。

面白いのは、こうした彼女のビジネス面での成功要因をWSJ紙が “Taylor Swift Offers Lessons In Management”(2023.7.3)としてまとめている。レッスンの詳細は直接記事に当たって頂くとして、その要諦は(1)身内を中心とした少数精鋭でビジネスをコントロール(2)、準備を怠らない、(3)チャンスを切り拓く、(4)SNSの活用、(5)人脈を重視、(6)進化を継続、(7)機会の最大化、(8)旧弊を打破するなどとされている。何かビジネス書の目次のような趣である。ところで、筆者にはこうした「教訓」の中で核となっているのは、前段でも触れた音楽ビジネスに対する信条であるように思われる。そこから派生してビジョンを共有できるチーム(少数精鋭)、作品への思い入れ(準備、チャンス、進化)、ファンとの繋がり(SNS)、ストリーミングとの距離感(機会)、著作権へのこだわり(旧弊打破)に繋がっていくのではないか。形の上では上記(1)~(8)のような具体的な方策に分解できるのだが、大事をなす上で最も重要なことは自らが手掛けるビジネスに対する強くて熱い思いである。「○○はこうあるべきだ!」というほとばしる情熱があれば、志を同じくする仲間は集まりやすいし、諦めずに物事を完遂する原動力になるだろう。その過程で障害を乗り越える知恵もでて来ようし、効果的な戦略・戦術も自ら成り出でて来よう。上述したテイラー・スウィフトの成功は偶然や幸運、技術的な作戦勝ちではなく、「強い思い」の賜だと痛切に思った。

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