中国変調で企業戦略は価値重視が加速へ

経済金融コラム2023年8月22日

野村證券金融経済研究所 所長 齋藤 克史

2023年、日本企業は量ではなく価値での成長を目指す戦略を加速するであろう。
その背景として、中国経済の変調がある。7~8月に発表された日本企業の4~6月期決算では、「中国需要が3カ月前の見通しに比べて弱い」というコメントが相次いだ。中国経済は2020~22年に新型コロナ感染症の影響を大きく受け、23年には正常化が期待されていた。しかし実際には、民間需要、とくにモノの消費、設備投資が停滞している。設備投資で堅調なのは半導体、太陽光発電といった政府主導の分野に限られる。足元での停滞には欧州、北米向け輸出の減少も影響しており、24~25年に世界経済が持ち直せば、循環的に改善する部分もある。しかし、重要なのは中国内需の成長率が構造的に低下する蓋然性が高まっていることである。不動産リスクも重石となる。長期的視点では中国経済の局面変化が感じられる。

構造的な成長率低下の要因としてはまず、人口構造の変化がある。中国では労働力人口(15~59歳)、就業者数が2010年代半ばから減少し、総人口も22年に減少へ転じた。自動車、スマートフォンといった代表的な消費財の需要では、量の成長がすでに鈍化している。これらは分かっていたことではあるが、弱い経済を目の当たりにして、その成熟化を改めて認識させられる。中国で誰もが量の成長を享受できる時期はすでに終わった。それでも、企業にとって中国市場の規模は大きい。日本企業は中国戦略を点検し、量の成長が鈍化する中でも「他社とは異なる独自の価値」を提供して売上を伸ばす方策を練ると考えられる。

成長率低下のもう一つの要因として、新型コロナ後のサプライチェーン(供給網)の見直し、米中対立による経済安全保障などの観点から、外資系企業が中国の位置付けを引下げていることがある。それに代わる投資が、中国以外の地域で行われるであろう。日本企業では、輸出力を強化するためにアジアなどで、需要地生産を増やすために北米、欧州、日本で、そして本社やマザー工場が立地する日本では根本的な競争力を高めるために広い意味での投資が行われよう。地域バランスの観点では、2010年代に高まった中国への重心が、北米を始めそれ以外の地域へと分散されていくと考える。

その中でも期待したいのは、日本での投資である。これまで多くの日本企業は、海外での成長を目指して海外投資を優先してきた。しかし、今後は日本での投資を増やす企業が増えると見込まれる(ここでの投資は機械設備など有形投資だけでなく、ソフトウエア・デジタル化投資、研究開発投資など幅広く含む)。その理由は、第1に、サプライチェーンを含めて世界戦略を見直す中、本拠地(ホームベース)である日本での機能強化の重要性への認識が広まると考えられる。以前よりも円安な為替水準も、産業立地としての日本の魅力を高めている。第2に、新しい投資によって生産性が大きく上昇する。工場設備について言えば、現在の中心である10~15年前の設備と比べて、最新の機械では基本性能(速度、精度、剛性)はもちろん、デジタル化、自動化、環境対応などが格段に進んでいる。

実際に、日本政策投資銀行が8月3日に発表した「2023年度設備投資計画調査」では、日本の生産拠点を強化する意向が見えている。製造業を対象に「日本の供給能力を今後3年程度で強化するか」を尋ねると、「強化」が51%で(「維持」が46%、「縮小」が3%)、21年度調査の41%から10%ポイント上昇し、12年度の調査開始以降で最高となった。一方、海外についての同様の質問では、23年度は「強化」が49%で21年度の48%からやや増えた。国内の「強化」の比率が海外を上回ったのは23年度調査が初めてである。

日本では製造方法の変革にも積極化している兆しがある。工作機械受注統計(日本工作機械工業会)でマシニングセンタ(代表的な機種)に占める「5軸加工機」(比較的新しい技術で多品種少量品加工では生産性が上昇する)の比率を見ると、日本では2015~20年に18~19%、21~22年に21~22%、23年1~6月期に23%と徐々に上昇してきた。ちなみに、米国は15年の30%から22年に41%へ、ドイツは各々24%から29%へ上昇した。日本でこの比率が低いのは、航空機・宇宙、医療関連など、多品種少量生産が中心である新産業の構成比が低いこともある。ただ、生産技術者の保守性も大きい。象徴的な例が、米国EVメーカーのTeslaが実用化した新工法「ギガプレス」である。巨大なアルミ鋳造設備で車体を一体成型し、部品数、生産工数(つまりコスト)を大幅に削減できる。新規参入者のTeslaが「素人の発想」で革新的な工法を先導している。海外は宇宙など幅広い新産業・新技術の集積による波及効果もプラスになっていよう。そして、日本でもトヨタ自動車の「ギガキャスト」(ギガプレスと同様の工法)の採用など、新しい挑戦がようやく動き出した。

今春、日本企業では約30年続いた「価格と賃金の据え置き」の慣行(ノルム)から脱し、「価格と賃金の引上げ」への動きが増えてきた。価格の引上げは、受入れる側の消費者が新型コロナなどによる内外のインフレ率の上昇を見て、「値上げもやむを得ない」と物価観を変えたことが大きいであろう。同時に、引上げる側の企業も工夫している。一律の値上げではなく、商品毎に顧客ニーズに応じて価格と品質のバランスを上手に訴求し、全体で利益率上昇を図る。4~6月期決算では食品や小売などでその成果が現れている。値上げの浸透、それによる利益率の上昇は言うほど簡単でなく、その戦略を担う優れた人材を確保し報いるために、賃上げはもとより人材への広い意味での投資が必要となる。この「価格と賃金の引上げ(人的資本投資)」の好循環が日本企業で始まっている。

中国経済の変調は世界で量が成長する機会の減少を示唆する。日本企業は量ではなく価値での成長を目指す戦略を更に進めるであろう。「価格と賃金の引上げ」の好循環は、価値重視の企業戦略そのものであり、日本での投資増加はそれを支える。株式市場でPBRが1倍未満の企業の多くは、本業の利益率(ROIC、投下資本利益率)が低いこと、現預金や有価証券(政策保有株を含む)が将来の事業機会と比べて過大であることを経営課題とする。利益率の改善は経営者の責務で、その戦略の基本は「他社とは異なる価値を顧客へ提供すること」である。先進企業で見え始めた利益率上昇が他の企業へ広がれば、日本全体での企業価値の増加、株価の上昇へつながっていく。

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