中国経済「日本化」の含意

経済金融コラム2023年8月30日

野村證券経済調査部長 美和 卓

いわゆる「ゼロコロナ戦略(厳格な感染症対策)」解除後の中国経済の持ち直しの鈍さに直面し、中国経済の「日本化」懸念が高まっている。すなわち、中国経済の回復遅れが単に循環的な問題ではなく、人口動態の転換や国内資産市場の調整を背景とした構造調整の始まりを意味するものであり、中国が、1990年代以降日本経済が経験した長期停滞と同様の途を歩む入口に立っているのではないか、との懸念である。では、仮に中国経済の「日本化」が生じつつあるとして、それは世界経済やグローバル金融資本市場にいかなる意味を持つものであろうか。90年代以降、日本経済の「失われた30年」が与えた影響と比較しつつ概観してみよう。

世界の実体経済への影響を考える際、中国及び90年代までの日本がいずれも貿易・経常収支の黒字国であることが出発点となる。これは、双方が、世界経済の最終需要地であるというよりも、工業製品の生産拠点集積地としての性格を有する実態を反映したものである。「日本化」と称される長期停滞により、内需が低迷しても、その影響は貿易相手国・地域の外需、世界全体の需要には波及しにくい構造にあると総括できる。

もっとも、90年代以前と現在では、グローバル供給網の開放度、換言すれば、日中両国のグローバル供給網への浸透度には大きな相違がある。中国経済が仮に長期停滞に陥った場合、生産拠点集積地である中国への素原材料や中間財の供給地域の経済には大きな影響が及ぶ恐れがある。

一方で、地政学的な緊張に伴う供給網の分断が中国の長期停滞の引き金となった場合には、別の影響を想定する必要もあるだろう。グローバルな供給網の中で中国が占めていた位置を代替するような動きが生じた場合、新たな生産拠点や供給網再編に対応した投資需要が喚起されることにより、「日本化」する中国経済とは逆に、経済成長加速の恩恵に浴する地域が生じてもおかしくないことになる。

より評価が難しいのは、世界の金融資本市場に与える影響であろう。注目すべきポイントは、1)「日本化」により外国資本がどの程度毀損するリスクを負うか、2)累積黒字国として抱える対外債権が「日本化」に伴いどのような資本フローを惹起するか、であろう。

1)については、90年代以降の日本経済の長期停滞は海外資本には大きなマイナスの影響をもたらさなかった一方、「日本化」が生ずるまでの高い経済成長が外国資本の流入に支えられていた中国の方がそのリスクは大きいと考えられる。2)については、対外的な資本移動の自由化が進んでいた日本の方がその影響は大きかったと考えられる。国内でのバランスシート毀損と連動して金融機関による対外貸付などの債権の維持が困難化する過程で、円貨資金の外貨転換において「ジャパンプレミアム」が生じ、為替レートの大幅な円安化の一因となったのはその一例であろう。資本移動規制が厳格であり、累積した対外債権の相当部分が公的準備として米国債などの形態で保有されている中国については、「日本化」が生じたとしてもグローバル金融市場に大きな変動を及ぼす恐れは相対的に小さいと考えられる。

中国に関してやや懸念されるのは、「日本化」による経済、国内資産市場の不安定化からの逃避として、想定外の資本流出が生じる恐れであろう。厳格な資本移動規制の下であっても、経常取引を装った資本移動が積み重なって相応の規模に達する可能性は否定できない。外国への旅行が、隠れた資産購入・取得の機会となっている、といった事例の存在が囁かれるのは、その可能性が皆無ではないことの証左になるのではないか。日本の「失われた30年」において、国内でのバランスシート調整と連動して海外保有資産の処分と引き揚げが生じたのとは異質な資本フローが、中国経済の「日本化」においては生じる恐れもあるだろう。

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