ビットコイン現物ETFの上場承認の行方と次の金融イノベーション

経済金融コラム2023年9月12日

野村資本市場研究所 常務 関 雄太

米国において、仮想通貨・暗号資産の規制を巡る議論が活発化している。特に、証券取引委員会(SEC)が、トークンの販売を違法な有価証券取引としたり、暗号資産交換所を証券関連法上の無登録の取引所として、それぞれ違法行為の差し止めや民事制裁金支払いを求める訴訟を提起したことは大きな注目を集め、SEC対リップル訴訟(ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所が2023年7月13日に判決を出した)のように、いくつかの判決が出されたことによって議論はさらに激しさを増している。

そうした中、2023年8月29日に連邦控訴裁判所が発出したグレイスケール・インベストメンツ対SEC訴訟に対する判決は、証券・資産運用業界からも注目を集めた。この訴訟は、グレイスケールが申請したグレイスケール・ビットコイン・トラスト(信託型のビットコイン投資ファンド、以下GBTC)のETF(上場投資信託)への転換とNYSEアーカ取引所への上場を巡って争われたものである。

GBTCのように、現物(スポット)市場で購入したビットコインを信託と設定・交換し、当該信託の受益権を上場するETFを「ビットコイン現物ETF」と呼ぶが、なぜビットコイン現物ETFがそれほど注目を集めるかというと、まず、米国におけるETFが資産残高7.5兆ドル超(2023年7月時点)の巨大市場を形成しており、ビットコインと証券市場を連結する役割が期待できるからである。実際、20年ほど前から、金・銀などのコモディティ価格や通貨の為替レートに連動するETFが組成され、証券市場の機関投資家・個人投資家が原資産を直接保有することなく、上場株式と同様、容易に売買対象、分散投資対象とするようになるという「市場参加者拡大型金融イノベーション」が繰り返し行われてきた歴史がある。

次に、ビットコインが他の暗号資産と異なり、コモディティとしての規制上の位置づけが明確で、それ故に2017年12月以来シカゴマーカンタイル取引所(CME)を中心に上場先物取引が行われてきたことである。さらに、SEC自身が、CMEにおけるビットコイン先物価格に連動するビットコイン先物ETFの上場を2021年10月に承認したことも、次のETFによるイノベーションはビットコイン現物ETFという期待を関係者に持たせたと考えられる。実際に、2018年から2022年にかけて、SECが少なくとも15件のビットコイン現物ETFの上場申請をすべて不承認としているにもかかわらず、2023年8月末時点でブラックロック、フィデリティなどから6件のビットコイン現物ETFの上場申請が出ている状況なのである。

さて、そうした中で出された控訴審判決は、SECが一貫して不承認の理由としてきた1934年証券取引所法6条(b)(5)項が求める「(当該ETFの)詐欺・相場操縦行為を探知・防止するために、原資産の取引について十分に大きく規制下にある市場と監視協定を締結していること」という要件を、SECが既に承認したETFにおける解釈の側から検証するというアプローチを採った。すなわち、ビットコイン先物ETFの審査においては、(NYSEアーカなどが)CMEビットコイン先物市場と監視協定を結んでいることを承認根拠とした、ということは、SECはCMEビットコイン先物市場が十分な規制下にあると判断しているはず、ならばビットコイン現物ETFの上場先の監視協定の相手としても認められるはず、という論法である。結果的に、控訴裁は、ビットコインの規制上の定義やビットコイン現物・先物市場の規制のあり方にはほぼまったく触れることなく、SECの手続きが行政法上の一貫性を欠いていると指摘した形になる。

本判決を踏まえると、今後、SECとしては、少なくとも証券取引所法6条(b)(5)項の要件についてビットコイン現物ETFの上場を承認する方向で審査をやり直さざるを得ないだろうと思われる。一方で、SECが本件に関して再審理や上訴を追求する可能性も残っており、また承認を出すにしても、SECとしては一種のロジック再構築が必要になるため、ビットコイン現物ETFが承認されるには、なお時間がかかるという見方もある。

こうした一連の展開を見ていると、金融市場におけるイノベーションと規制に対して日本人が想像しがちなプロセス、(1)初期の段階で規制・行政当局が管轄範囲とルールをしっかり固め、(2)その定義や手続きに沿って新しいプロダクトを考案した人が、(3)当局に承認(一種のお墨付き)を得て、顧客や投資家を開拓していく、といった流れとはまるで異なる現象が発生していることがわかる。この例に限らず、米国において金融イノベーションは、あくまでプレイヤーとユーザーが主導し、当局は包括的な枠組みや基準の中で適法性を判断、エンフォースメントや裁判を通じて規制の詳細が確立されていく、というのが基本路線なのであろう。暗号資産関連については、プロダクトの創出と市場拡大のスピードがあまりにも速いために、SECなど米国当局がとかく事後的な対応となっていることが混乱を招いている面は否めないが、現在進行中の多くの法廷論争の中から、次の金融イノベーションの方向性が見えてくる可能性が高く、大いに注目していくべきであろう。

[参考文献]
  • 岡田功太・木下生悟「米国のビットコイン先物及びETF市場の整備を巡る課題と展望」『野村資本市場クォータリー』2018年冬号
  • 関 雄太「ETFとTDF:21世紀最大の金融イノベーション」『財界観測』2019年5月31日
  • 関 雄太「米国を中心にさらに進展する『ETF革命』の行方と日本」『財界観測』2021年8月24日

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